多分とっくの前には限界を超えている


何故今も辞めないのか


それは聞いてもらうべき人にまだ話ができていないからだけなのかもしれない


もしかすると話を聞いてもらえばすっと次の行動に出ることになるかもしれない


周りから見てネガティブな判断だとしても


自分のなかでは消化して判断できるような気がする


そうなれば一気に今の感覚から解放されるだろう


例えどんな結果にやろうとも


それくらい僕は信用しているし、その人のことを尊敬しているのであろう


今週の金土曜が山場。


あとは判断してからの行動の取り方だけかな、たぶん。


後から振り返れば今の状況がとるにたらない状況と思う可能性は十分あるが、今の状況の苦痛はとるにたらないものではない。


結果的に次の行動でマイナスに働いてもその判断、結果をとるにたらないものと後から思えれば僕の判断は勝ちである


反省はするが、後悔はせずにここまでやってきた。

今は基本的に戦うといった判断をした後の逃げるという判断で間違っていないはず。


全部戦って勝てるわけはないと、そう自分にも言い聞かせている部分はあるが、、、

結局2月になったが、続けている。


転職も考えたが一気にそうするという選択肢は消している。


まずは異動願いを出すか否か、を悩んでいる。


そして並行して転職情報を集めるという作業をしている。転職はやはりなかなか簡単にはいかないと感じる。同待遇を維持することの難しさを痛感するとともに、それだけとれば恵まれているとも感じる。


しかし、待遇だけのために働いているわけでは一切ないので、まだまだ熟考が必要。


それにしても毎日しんどい、落ち着かない。

厚い自我で囲われている人間に対して強い抵抗感を感じる


それは自分自身はそのなかにある真我に気付けているから。


それゆえにそれが許せない。


真我につきついている人は少し話せば分かる。そうかそうでないかは


厚い自我に囲われていても真我につきついていやい人間はかわいそうだと感じる一方で羨ましい部分も感じる。


こういった類いは一度知ってしまうと知らなかったでは済まないものだからだ。


当然知れたことで人生の深さ、厚みは出てくるため知れたことについては恵まれた環境であると考えていることは事実である。


しかしその分の苦労、つらさが出てきてしまう。


これは自らの未熟さからである。


これを乗り切ることができれば、おそらくより豊かな人生が待っているんだと思う。

日々悩みの毎日である。


なかなか人とは共有できない話題でもある。

こういったことへの終わりなき議論のコミュニティを早く見つけたい。