カウラナ・カ・ハレ・クラ・オ・ハワイ・フラ・アカデミー ブログ -45ページ目

YUMI ハワイで得た経験と思い出

私がハワイを初めて訪れたのは2007年の7月のことです。
当時父からの強い勧めがあって、アメリカのメインランドから語学留学先をハワイに変えたのがきっかけでした。

空港からハワイカイの山の上の滞在先までの道中、初めて目に映るハワイの美しすぎる海や、南国情緒、鮮やかな色彩に目を奪われたのを思い出します。

当時私は大学進学を希望していなかった為に、より会話に特化したハワイ大学(UH)のN.I.C.E.という語学プログラムを受講しました。
少しご紹介しますと…、当時ここに通う留学生の多くが日本と韓国からの学生で構成されていました、テスト結果・面談のレベルに別れてクラス分けがありました。

口語と文法それぞれを強化する授業をメインとして、その他UHの学生と会話の実践をするクラス、アートやアクティビティーのクラスなどがありました。

課外学習やレポートワーク、アメリカの社会問題に関するプレゼンテーションや、ハワイという土地自体に関する学習が多かったのが特徴的であり印象的でした。
教室も、広大なキャンパスの中央に位置しており、各施設へのアクセスもとても良かったです。

今となって思えば、なぜこの美しい楽園ハワイにおいて、ここまで徹底して自分を追い詰めたのかと思うのですが、そのとき抱いていた希望の環境は。。。①滞在はホームステイ、それも②受け入れ家庭の条件は特に要望なし、③語学学校は私立ではなく、単位の条件が厳しいが、より地元の雰囲気を感じられる州立大学付属、④通学時間は、特に要望なし。 でした。

初めて降り立つ場所での、一期一会への期待と冒険への憧れというダブルの無謀なチャレンジ欲のために、結局は、学校へはバスを乗り継ぎ1時間強、アラモアナからの最終バスが18時、ステイ先のご両親は留学生の英語教育にとても熱心でいらっしゃるという、語学学習にはまさにうってつけ…!の環境&ご家庭で、数人の外国からの学生と共にお世話になることになりました。

かつて共に過ごした生徒達はその家を、"Top of the hill"と呼んでいました。
まさに陸の孤島のような場所に佇む家でした。

その決断が功を奏したのか結局の所、語学を学びに行ったハワイで私が得たものはと聞かれると、「出会い」に尽きると言えます。

学校で、街で出かけた先で、どれほどの人が受け入れ、迎えてくれたでしょう。
現在につながる考え方や方向性の礎は、間違いなくこの小さな島の愛すべき人々が育んでくれたものでした。
いつも息が出来ないほどに愛情いっぱいに抱きしめてくれたお母さん、シャイだけれども、私と一緒にマウイのラジオ局の放送を毎晩何時間も聴いて、友情を育んだお父さんを始め、私が一日の多くを過ごしたバスで、同じ時間に必ず乗り、毎朝毎晩会えば身の上話が始まるあの丘の住人の方達や、UHで出会った友人達に、大切な忘れられない恩師。
人々の顔を思い出すとその時の空気や香りや思いが運ばれてきます。

レッスンで、あの日あの時あの瞬間で…流れた曲を聴くたびに、胸がきゅうっとしめつけられます。
もう戻って来ない思い出ですが、大切にしまった記憶がその時は蘇ります。

私とその過去、ハワイでの日々をつないでくれるのが、今はこのハラウでの時間なのです。

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