ほどなく、お別れですを観てきました☃


ほどなくお別れって、意味はわかるけど聞き馴染みないなというのがこの作品を知ってからの第一印象。

「ほどなく」という言葉。

なんか美しく感じました。

そして普段使わないから調べて見ました✐

すると「ほどなく」とは「時間がそれほど経たないうちに、まもなく」という意味だそう。

確かに「まもなく発車致します」とか、「まもなく定刻となります」は聞くけど「ほどなく」は馴染み薄い。


「まもなく、お別れです」

「ほどなく、お別れです」

どちらも意味は同じだけど「まもなく」の方が聞き馴染みがある。

必ず誰しもにやってくるお別れだけど、たった一度の大切なお別れ。聞き馴染みのない方が、たった一度のお別れに特別感が出るからかな。

そんなことも考えながら観ました。


小説をモーラしてから楽しみに観た映画。

目黒蓮さんの凛とした、でも温かみのある漆原さんは今後の私の心の支えとなる存在でした。

また、あれほどまでに漆原さんにピッタリな俳優さんは他にいないのではと思うほどのリンクあんぐり


そして内容になりますが、私がこの映画を観て今日感じたこと、テーマは「人に心を寄せること」。

漆原さんの「人への寄り添い」は映画だから少し誇張されてることはよーく分かってます。あれだけ寄り添ってくれるプランナーさんは居ないだろうと思ってます(本当に劇中では凄い寄り添い方ですのでクローバー)。

だからもしもの時は「漆原さんみたいな寄り添いアクションを下さい」とは言いません笑

でも⋯。

彼のように行動は起こせずとも「心だけ寄り添う」ことは出来るものじゃないかと思いました。

「心を寄せていただけている」ということはどんな場面でも感じたいなと思いました。

ただ、「心だけ」って、目に見えないから寄り添う側にとって都合の良い言葉。「寄り添ってます」と言えばカタチとして証拠がないため嘘にならないですから。

でも逆に「本当に心は寄り添ってます」と伝えても相手は寄り添ってもらえてると感じられない悲しさもあります。

塩梅が難しいけど、私の中での意見は「ホンモノの寄り添いは感じられるのかな」といったことです。

漆原さんのご遺族に後悔させないために一生懸命になる姿、機転の利かし方、決断に涙しました。


私は今ホスピス勤務です。

昨日利用者さんのご家族から真剣な眼差しで私にとって宝となった言葉をいただけました。

《いつもきめ細やかな心遣いが嬉しいです。母が退院してきた時のお手紙、折り紙のお花。母が好きなケアをする時間を作ってくれること。細かな話をしてくれること。私たちはその繊細な心遣いに安心してるし癒されます。母と私たちを大事にしてくださってありがとう。ここまで繊細な方はなかなかいません。スタッフに一人でもあなたのような方がいるだけで家族は救われます》と。

私は「そう遠くないうちにご遺族という立場になられる方」を大切にしたく、この仕事をしています。

漆原さんの「故人とご遺族を大切にする」という言葉を替えれば「利用者さんとそのご家族を大切にする」。

でも、私は漆原さん寄りだと思うことは、大切なご家族の最期を覚悟しながら生きるご家族の今の心を、幾分安寧にしてさしあげたいと思っていること。

そのいつか⋯の日を幾分後悔なく安堵を持ち迎えていただけるかということ。

これからまだこの世界で生きなければならない人への力になりたいと思うところは、漆原さん寄りだなと思いました。

それには、私自身家族の一大事を経験し別れも経験し、辛いのに生きなければならないことに苦痛を感じたから。感じているからだということは、間違いないです。

もちろん、利用者さんのことも後悔なく過ごせるように考えていることは私の名誉のため書いておきますニコニコ

だから、昨日利用者さんのご家族からいただけた言葉はズシンと心に響きました。

本当に寄り添いたいと思うことは「なんちゃって」じゃできないことも身に染みてます。

何が正解かもわからないけど「この人のため」と考え行動することには、多大な労力を要すること身に染みてます。

だから本音は、結構シンドい。

心が、シンドい。


でも今日の漆原さんを観て「相手を想う一生懸命の美しさ」を実感できて、また頑張ってみようと思えました。

ガソリンなんていうゴツいワードではないけど、でも私を今の世界で走らせるためのパワーを少しいただけたと感じてます。


この映画は、観る人の立場により感想はさまざまだと思います。それこそ、正解はない。

でも、大事な時に誰かに心を寄り添えられること、自分に寄り添ってくれる人がいることは尊いと思いました。


長く語ってしまった🙏!


目黒蓮さんや浜辺美波さん、キャストの皆さんに引き込まれましたが、個人的には原田泰造さんの表情には身震いものでした不安


今度は家族としての立場で観に行ってみようかな看板持ち