ナーシングドゥ―ラ 受講動機

 

30期生 中村 浩子

 

私は自分が生きるために看護師になりました。

 

 

 

 

幼少期から家庭環境が複雑で、早く自立したいと考えていました。

 

 

「病院で働きながら、看護師になれるよ」と友人に紹介され、産婦人科病院に入社しました。

 

 

病院と看護学校との往復生活の中で、赤ちゃんの可愛らしい様子、出産の大変さ、生命の尊さ、妊産褥婦の笑顔溢れるシーンに多く関わりが持てる毎日に喜びを感じ、充実した学生生活を送りました。

 

 

看護師資格を取得し、赤ちゃんやママたちに関わる中で、自分も結婚し、家族が増えることを夢見ていましたが、なかなか子供に恵まれず、10年間の不妊治療を経て、女の子を授かりました。

 

 

ニコ

人生で一番うれしい瞬間でした。お産は、胎児心拍数の低下と母体の血圧上昇があり、急遂分娩+胎盤用手剥離により1000mlの出血、産後は貧血で身体がふわふわしていましたが、両親が居ない私は、産婦人科病院に10日ほど自費入院させて頂き 、自宅に帰りました。

 

 

「子どもの世話は自分でできる」と自負していましたが、義理の母が、リウマチを患った身体で、ご飯の支度や掃除、洗濯を手伝ってくれた事に今でも感謝し、仲良くさせて頂いています。

 

 

お産後は、ママの心身の回復期であり、ケアが必要です。

 

しかし、核家族化が進み、家族の形が変化している現在では、赤ちゃんの世話も同時に行い、且つ食事、洗濯、掃除など生活するために必要な家事を行い、母親は頑張って疲れてしまいます。

 

 

私自身、人に頼むことが苦手で、自分で行動し、疲れてしまうという悪循環に陥るタイプです。

 

 

産後の回復期に無理をすると育児が苦痛となり、笑顔が失われ、赤ちゃんにも悪い影響を与えます。

 

子どもを産み育てるという尊く素晴らしい人生の時期に楽しく育児ができるように支えてあげられる看護師になりたい。

 

 

産後、笑顔で生活できるように、ママが必要とするケアを提供できるナーシングドゥ―ラとしての役割を担いたいと考えています。

 

 

現在、訪問看護師として勤務しています。

 

 

少子高齢化の中、ベビーやママ達は、社会の宝物であるという認識を持って接していく必要があると考えます。

 

 

自分が生きるために得た看護資格を、これからは次世代を担う未来の宝物を支援する力に変えていきたい。そう心から思い、ナーシングドゥ―ラの受講を希望致しました。

 

 

すべての子どもが健やかに成長できる地域の実現を目指し、養育する家族を含めたすべての人を支えていけるように学びを深めたいと思います。

 

 

 

 

 

渡邉です。

 

浩子さんとの出会いは29期でした。

 

鹿児島から初めての受講生とのことで

 

ワクワクしながらお目にかかるのを楽しみにしていました。

 

 

しかし

 

開講式一週間前に重症の原因不明の肺炎になられて

 

急遽ご入院に。

 

 

 

とても驚いたとともに

 

とても心配しました。

 

私は不勉強で診断がついてもよくわからず。

 

ただただ心配する毎日でした。

 

 

講座の方はすべてキャンセルし各方面にお詫びすれば済みますが

 

浩子さんの命とご家族のことを考えながらの連絡はなんとも悲しい調整でした。

 

 

 

そして、予定どおりに退院、

さらに、仕事も復帰されたと伺い

生きるために看護の仕事をされてきたという

浩子さんの生きる力を感じました。

 

 

この底なしの笑顔の下には

どんな悲しみや苦しみ、そして、耐えた日々があったのかと

また、それらを肥やしにされてきた向日葵のような明るさは

きっと、小さい頃から周囲の方の愛と優しさがあり

それを気引き出すような彼女のも天性があったからだと思いました。

そして、その天性は紛れもなくご両親からのDNAだとも思いました。

 

 

ナーシングドゥーラは現在自費看護ですが

今後は様々な事情の方の子育ても応援していけたらと思う

感動的な出会いでした。