皆さん、こんばんは。


臨床心理学の勉強を開始して

今年の4月で19年になろうとしています。


勉強を開始してから常に考えていること。


私が何故この勉強をしているのか。

この勉強に向かわせた理由。


割と早い段階で気が付きましたが

今改めてそのことについて

触れたいと思います。


私は誰かに自分の気持ちとか

本音を話しても

なんか今一つスッキリしないな…

とずっと思って過ごして参りました。


自分が感じたことを否定されたり

鼻であしらわれたり

自分の思いを言い切らないうちに

説教されたり…と

なんか『言い切った感』があまりなく

誰かに気持ちを理解して貰った感じが

あまりしなかったのです。


まぁ〜相手にされてないんだなと思い

くだらないことを話して

自分の正直な思いについては

あまり話さなくなりました。


逆に他者からは色々話を聞かされて

人は皆、私のことを『サンドバッグ』か

何かと思っていて

私が感情を持つ1人の人間とは

誰も思っていないのだな〜と感じ

『人の心』について

『人の話を聴く』ことについて学びたい…

そんな漠然とした思いから

臨床心理学の勉強を始めました。


最初の頃は『資格取得』が大きな魅力でした。

でも勉強を開始して1年半を過ぎた時

『資格取得の為の勉強ではないな』と

強く感じるようになりました。


講師の方や仲間達に

自分の本音を話せるようになった頃でした。

他者を大切にするには

先ず自分自身を大切にしなければならない。

ようやく自分自身と向き合えるように

なったのかもしれません。


この勉強を開始して初めて

自分の話をして『共感』して貰えて

自分を『否定』されずに話すことが出来た。

自分の心にいつもあった

『頼りなさ』が無くなり始めました。


長いこと私と関わっていた人達からすれば

「え〜ウソ〜言いたいこと言っていたじゃん」

と思うでしょうが

そういう人達に『本当の私』を見せてないから

わからなくて当然だと思いますし

また、そういうことを軽はずみに言う人は

『本当の私』のことなど

知ろうとしていなかった大馬鹿者であります。

そして『受容』が出来ない哀れな人です。


私の周りには『共感』や『受容』を出来ない

勝手な人間がいかに多かったかという訳で

そのことを知ることが出来たのも

臨床心理学を勉強したおかげだと思います。


昨年の研修で尊敬する大先生から

エールを頂いたのも

自分が深く傷付いた時のことを

自分の言葉でストレートに話した時でした。


「そのままでイイ❗そのままで行こう❗」


大先生からは今まで何度も

『支え持って』頂き、その度に

自分の心が強くなっていく実感が持てました。


『本当の自分』をさらけ出し

『共感』を持って話を聴いて貰い

『受容』されることに依り

人は前を向いて生きていけるようになる。

臨床心理学を学んで得られたことです。


私の周りの人達については

『共感』や『受容』が出来ない人達なんだ

ということでオチは着きました。

今更その人達をどうこうするとか

『本当の私』を理解して貰おうとは思いません。

で、私はどう生きるのか…です。


自分を理解して貰おうなんて

もうそんな甘い考えは私にはありません。

理解して頂かなくて結構。

私は私を支えて生きていく。


臨床心理学を学ぶ意味が見出だせた時から

私は自分に自信がつきました。


臨床心理学の勉強は

心身共に継続が可能な限り

続けて参りたいと思います。




『共感』という花言葉を持つアルメリア。

『思いやり』という花言葉も持つ花です。

『共感』を持って他者の話が聴ける人は

『思いやり』がある人。

『共感』を持って他者の話が聴けない人は

『思いやり』に欠ける人。


※画像は毎度ネット上から拝借🙏

長文失礼いたしました。




皆さん、こんにちは。


昨日は午前中お勉強。

午後はヘアカット💇


ヘアカットの為に訪れた元町は

いつもの休日並みの混み具合。

今週末からチャーミングセール。

横浜の春の訪れですね。

今年のチャーミングセールは

平日にお休みを取って参ります。


昨日はバレンタインデーということで

お土産はラムボール。



喜久家も混んでいました。

※写真は毎度ネット上から拝借🙏


さて…

半年後いよいよ定年退職となりますので

再雇用試験が先日ございました。

書類選考と面談。

早々に『合格』が決まり

9月以降の再雇用が確定いたしました🎊


こんなに早く決まるとは思いませんでした。

再雇用後は

現職場で継続雇用。

業務内容も変わりません。

現職場は再雇用者が行うには

ハードで責任が重いのですが

現職場でもっと自分が出来ることがあるでは…

と思いまして

敢えて現役並みの業務量である

現職場を再雇用後の職場として選びました。


さぁこれで気が楽になった✌️

定年退職前にフリーバカンス取得し

適度に息抜きしながら

現役ゴール日までのラストスパート💪





皆さん、こんにちは。


今日は建国記念日。

従ってお休み。

でもいつも通りに起きてしまいました(笑)。


掃除と洗濯も終わり

お昼まで何もすることがなく…

まぁブログ更新でもしようかな〜と。


最近、昔の邦画をよく観ています。

何せ最近のテレビ番組はつまらない。

だから動画配信で昔の邦画を観ています。


日本映画専門チャンネルで

昨年観た『砂の器』に感銘し

邦画を沢山観たくなり

今は大映映画を中心に観ています。


母が若かった頃の話をするのですが

イメージが出来なくて

昭和30年代の邦画を観始めたら

母の昔話が

なんとなくイメージ出来るようになりました。


中でも胸に響いた作品はコレ↓


※写真は毎度ネット上から拝借🙏

『赤線地帯』です。
昭和31年の作品で
この映画が公開された2年後
『売春禁止法』が施行されました。
当時の『赤線』を映像化した作品です。

私が生まれる僅か10年前に
国が『売春』を公認していた訳ですから
ちょっと驚きです。

横浜だと真金町ですね。
映画の舞台は吉原です。
家の近所に遊郭の元経営者の自宅があります。
私の地元も昔は横浜の花街が
近くにあり、料亭等あった所です。
(私の現在の住まいも料亭の跡地です)

ですから地元の高齢者の中には
粋なご商売をされていた方も多数います。
まぁ〜でも『赤線』で働いていた人は
やはり差別的な目で見られていましたね。
私は「ふ〜ん、そ〜なの」て具合。
利害関係のある人ではないので
普通に接していたように思います。

戦後間もない頃の日本は
兎に角貧しくて、一家が食べていくには
身を売るより他にない人がいたのは事実。
中には戦災孤児もいたでしょう。
手に職がない女性が賃金を得るには
それしかなかったのでしょう。
考えたら気の毒な話です。

私の母は企業に勤めていましたが
仕事帰りにそういった女性達を見て
考えるところがあったのでしょう。
母は私に
「ライセンスを取りなさい」とか
「自分の身は自分で立てられるように」と
高校生になった頃からよく言ってました。

幸い私は、父が自営業で
まぁまぁの生活が出来ていましたので
私立高校で良い教育を受け
各検定試験の費用等は
制限なく親から貰えました。

大して頭が良い訳でもありませんが
今だに大手企業に勤めていられるのも
『資格』のおかげで
つまりは親のおかげであります。

ですから、かつて身を売るしかない女性が
存在していたことを知れば知るほど
自分がいかに恵まれているか…と思います。

自分が恵まれていて良かった〜
で終わらせることなく
恵まれた環境の中で得られたことで
自分に出来ることを行い
何かに貢献していきたい…
今はそんなことを考えています。

※私、生け花で『雅号』を頂いているのですが
実は私の『雅号』の中に
『貢』という字があります。
『雅号』を付けてくださった先生は
何を感じてこの字を私に
付けてくださったのでしょうね。
スゴく不思議に思います。

長文失礼いたしました🙏