そんな理由なら全然許せる。むしろ歓迎だ
正直言って、こんなに萎えたのは久しぶり。
体育会卒業式に続き、慶應義塾大学の卒業式も中止になってしまった。
この大災害の影響で仕方がないとは言え、残念で仕方ない。
自分は慶應に中学から10年間通っている。
その過程で2回の卒業式を経験したが、周りの友人は進学しても慶應。
たまに外部の学校に行く人もいるが、原則内部進学だ。
だから今までの卒業式は形だけで、慶應に通ったこの10年間、自分は何からも卒業していない。つもりだ
つまり、自分にとって今回の卒業式は、「大学を卒業する」こと以上に遥かに意味のある行事だった。
今回、慶應を運営する方々が卒業式を中止にした理由は3つ
*一ヵ所に大勢を集めるのは危険
*大勢が移動すると交通に影響を与える
*日吉地区が計画停電の可能性
また卒業式を中止とする代わりに、「表彰の対象者」および「卒業生の代表」で小規模の卒業式が開催され、その様子はwebで視聴できる。
そして余った費用の一部は震災被害復興の義援金とする。
中止に至った3つの理由は、簡単に解決方法が思い浮かぶ。
しかし震災発生から今日までかなりの時間がかかっている事から察するに、解決困難な様々な問題があったのだろう。
だから中止自体は仕方がない。
…中止の事実と、その理由だけなら受け入れられた。
ただ、中途半端に開催することが気にくわない。
自分は高校からの6年間、部活の先輩方の卒業を祝い、その活動を通して自分自身の卒業式を夢見ていた。
22年間お世話になった親に晴れ姿を見せたかったし、一緒に祝い合いたい仲間もいた。式の後に行きたい店もあったし、伝統の園遊会にも行きたかった。
そして何より、この10年間過ごした慶應を卒業することを楽しみにしていた。
はっきり言って、並々ならぬ思い入れがある。
中止の決定は仕方がないと受け入れているものの、その悲しさは計り知れない。
だからこそ、中止は中止と割り切らせて欲しかった。
こんな中途半端なことで、慶應を運営する方々には「卒業式をやった」気にならないでほしい。
はっきり言って、その方々の自己満足にしか思えない。
お願いだから…
この中途半端な会を中止にするか、卒業式ではない名前にしてほしい。それだけだ
内藤 亮