(P177。改行任意)


人間は、

他者との関わりあいや、さまざまな体験で常に変化していく生き物ですから、

善人、悪人という呼び方も人格を表すというよりは、

実は関係性の現状を表しているだけの話といえます。


ですから、

俗にいう悪いやつというのは、

悪い奴という関係性の状態にあるということなんでしょうね。


ただ、その状態に対する呼び名で善人と悪人とがあったなら、

普通は善人のほうが上等なように思われます。

けれども、私はそれに対しては異議を唱えたい。

善人と一言でいうけれど、

能力も勇気もなくて、

ただの「いい人」と呼ぶしか仕方がないような薄っぺらな仮性の善人もいれば、

いろいろなことをくぐりぬけて人間が悪と呼ばれる状態に傾くことも知っていて、

地べたも這って、

そのうえで優しい人間になっていく

迫力のある「善人」もいると思うのです。


自分の中にも悪の部分があるということを意識したり認めていかないと、

人間はかえって無自覚に残酷なことをしてしまうものです。

自分の中の悪に無自覚なままの人間というのは、

他人に対しても結構、残酷な生き方をしてしまいがちです。

悪を包括していない善人というのは脆いし、

ただのすごく迷惑な奴であったりします。



『整体的生活術』 三枝 誠

ちくま文庫

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