人としての心がある視点では
どうしても
理解できなかったこと。
テレビで事故や事件の
ニュースをみた時
被害に遭った方を
『可哀想』って
思って観てました。
どう考えても
可哀想じゃないですか?
私の友人も過去に
命を落としました。
病気とか事故とか自◯
ではありません。
ニュースで知りました。
なぜ友人が?
なんでこんな
酷い目にあわないと
いけないの?
酷いし、辛いし、可哀想!
って、当時はとても
悲しみました。
でも、そう思うって
相手に対して失礼な
ことだったんですよね。
『可哀想』って
上から目線で話している
ことに気づきませんでした。
若くして亡くなった友人。
ですが、友人が決めてきた
学びや体験だったのです。
起きる出来事は
全てが必然である。
必要な出来事が
必要なタイミングで
ただ起きているだけ…
それを可哀想って
思う必要は
無かったのです。
もちろん、その時に出てきた
感情はまるごと
受け止めていい
むしろ受け止めないと
ずっと引きずるから…
大事な友人の命が
奪われて
悲しかったし悔しかった。
ただただ
その感情を感じれば
良かっただけなんだって
今は理解できました。
そして自我が強かった私を
はじめ、きっと多くの人が
誤解している事
と思います。
死ぬことって
悲しいことではない
という事。
だって、私達は
本当の私達は
生まれてさえも
いないのだから…
忘備録として
記しておきましたが
誰かの気づきの
ヒントになったら
幸いです✨