この物語に登場するのは
弱くて危うい女たち。
ミスコン最下位という現実を叩きつけられた女
男をポケモンのように扱う女
夫を性の対象として見られず、愛人を傷つけてしまう女
心が壊れかけている女を救おうとする女
こんな女たちが登場します。
彼女たちがどう「弱くて危うい」のかというと、わたしの勝手なイメージで恐縮ですが、「心の傘」に穴が空いているような感じなのです。
誰しもが心に傘がそなわっていて、いろんな刺激を生のままで受け取らないようになっていて、というイメージがあるのですが、
(傘は知識だったり経験だったりで補強することもできる)
彼女たちの心の傘は往々にして、どこかに穴が空いていて、傷口のようになっている、そんな感じがしたのです。
そのために、だれかに支配的な扱いを受けても従ってしまったり、逆に支配的になろうとしたりして、「自分」をかえりみず「だれか」に対して気持ちが過剰に働いてしまう、そんな様子が描かれていました。
彼女たちがどうしてそうなってしまったのかはぼやかされていますが、過去に心の傘が破れるほどの衝撃を受けた経験がある、ということが読み取れます。
ある女は自分の心を守るために、傷口と向き合うことを放棄して記憶を飛ばしてしまっています。
彼女たちは、自分の心の傘の穴に気付いていないわけではありません。
けれど、どう向き合えば良いかわからず、「だれか」を求めます。
その「だれか」として、彼女たちは男の元に向かうのですが、そこで彼女たちの身に降りかかるのは、ひどい雨。
穴のあいた心の傘ではどうにも対応できず、彼女たちは疲れ切ってしまいます。
身も心もぼろぼろになりながら、彼女たちは救いを求めてもっと大きな傘のもとへ行きます。
それはイエス・キリストが作った、キリスト教という大きな傘でした。
彼女たちの物語には、金井神父というひとつの大きな傘が登場します。
彼女たちは金井神父のもとで、自分の罪を告解し、赦しを得ようとします…。
この物語を読みながら、自分が傷つけられていくような気持ちになり、胸が痛みました。
同じ女性が損なわれてゆく姿を見るのも、気分の良いものではありません。
やはり祈るような気持ちで読みました。
どうか救われてほしい、と。
けれど、島本さんは、この世がそんなに簡単なものではないことを、きちんと書きあらわします。
女は、弱いのだと。
男よりも弱いのだと、何度も何度も強調して描いているように感じました。
だからと言って、この物語がバッドエンド、というわけでもありません。
穴のあいた心の傘だけれど、でも、あなたはいま生きている。
そのことに目を向けたとき、あなたはどう感じるか?そしてこれからどうするか?
そんな問いかけを物語全体で感じました。
『夜 は お し ま い』というタイトルも示唆的です。
一文字ずつ開けられた間隔は、心の傘の穴のように見えるし、隙間から彼女たちの悲痛な叫びが聞こえてきそうな気もします。
それでも、夜はおしまい、なのです。
日がのぼりはじめた朝、というイメージを浮かべたときに、後ろ暗いものは感じません。
それでも生きているということが、素晴らしい。尊い。
そんなメッセージを勝手に読み取り、びりびりと痺れました。
間違っているかもしれないけれど、孤独や不安を感じて夜に耐えきれなくなりそうになったときに読むと、優しい手のぬくもりを感じられるかもしれません。
そんな風に感じた一冊でした。
