川上弘美さんは、おそろしい作家だ。
 
どう「おそろしい」かと言うと、例えば、隣でしゃべっていた友達の身体が徐々に浮いてきたとする。
最初は浮いていることに気付かないのだが、じわりじわりと足が浮いてきて、あっ、と思う。
友達の身体はどんどん浮き、しまいにはわたしの腰あたりまで浮いてしまう。
それでも友達は平然としゃべり続けていて、わたしは「いやいや、身体浮いてるけど!?」とつっこみたいけど、なぜかそれを言えない。
 
川上弘美さんの小説は、そんな風にツッコませる隙を与えず、どんどんおかしな方向に行っているけれどそのままにさせる「そうさせる力(りょく)」を持っている。
 
川上弘美さんがつむぐ言葉を頭の中でイメージすると、明らかに変だ、おかしい、と思う。
けれど、小説でしかできないことをやっているのだなぁ、とも思うし、おかしさを通り越したところにあるものごとの「核」みたいなものにも触れているから、おかしいな~と思いながらも最後まで一気に読んでしまうのだった。
 
こないだ読み終わったのは川上弘美『いとしい』。

春画描きの父と恋愛体質の母のもとで育った姉妹・ユリエとマリエのちょっと不思議な恋愛物語で、タイトルの通り「いとしい」ということについて考えさせられる一冊だった。

「いとしい」という意味を辞書で調べると二通りの意味が出てくる。
ひとつめは「かわいい。恋しくてたまらない」という意味。もうひとつは「かわいそうだ。不憫だ」という意味。
川上弘美『いとしい』には、このどちらの意味も見事に描き尽くされていた。
 
最初は、恋愛体質の母と父とのことが中心に描かれ、あぁ、まぁこういう家族もあるだろうなぁという気持ちになる。

最初の父は子どもが生まれてすぐに亡くなり、二人目の父が春画描きだった。そして二人目の父も不慮の事故で亡くなり、母は失意のうちに暮らす。
そんななかユリエとマリエはすくすくと育ち、仲良く暮らしていくのだが、母がチダさんという青年と付き合うようになってから、少しずつ「いとしい」という思いを抱くようになる。
 
ユリエとマリエはそれぞれ恋をする。
姉のユリエは最初はチダさんに、そして次にふくよかな青年のオトヒコさんを好きになる。
妹のマリエは教師になり、教え子のミドリ子の兄・紅郎(こうろう)を好きになる。
 
母とチダさんの恋愛、ユリエとチダさん、ユリエとオトヒコさんとの恋愛、マリエと紅郎の恋愛はマリエの目を通して語られ、それぞれの「いとしさ」を丁寧にすくう。

しかし、『いとしい』はそれだけでは終わらない。
彼らの恋愛模様が語られながら、冒頭で例えたような「浮遊感」が徐々にあらわになってくるのだ。
 
ふとしたはずみで、とミドリ子はかまわずつづけた。ミドリ子にとってのはじめてのセックスは行われた。(中略)
ふとしたはずみだったが、ふとしたはずみはやがて定期的ないとなみに移行し、半年ほどの間いとなみは穏便につづく。しかし、そのうちにミドリ子は少しずつねじれはじめたのであった。
「ねじれる?」
「そう、ねじれたの」
「何が」
「からだが」
「比喩、それ」
「ちがう」
最初にねじれたのが左手のくすり指だった。(79頁)
 
「オトヒコさん、眠ったのかな」言うと、姉は黙ったままこっくりした。
「あの、しあわせ?」言うと、姉は黙ったままこっくりした。
「オトヒコさん、今ごろ休眠してるかな」冗談のつもりで言うと、姉はやはり黙ったままこっくりした。それからようやく口を開き、
「休眠してるのよ、オトヒコさん。ほんとに。こないだから」と早口で言った。
言ってから姉は大きく目を見開いて、
「いやあの、たとえじゃなくて、ほんとに。休眠」と重ねた。(中略)
オトヒコさんは、半透明の膜に包まれて、すうすうと寝息をたてていた。(159頁) 
 
……この引用だけでも、「ん? あれ?」と引っかかる。
さりげなく日常生活ではありえない描写が書き込まれていて、「なんでそうなるの!?」と思う。

けれど、ユリエもマリエもそれを受け入れ、物語は平然と進む。
わたしは最初は描写のおかしさにムズムズしていたのだが、読んでいるうちに「そういうものなんだ」と勝手に納得し、最後まで読んだら何かあるのかも、と信じて読み続けた。
「おかしいから、読むのやーめた」とさせない言葉の力(そうさせる力)を感じていたことも理由のひとつだった。
 
川上弘美『いとしい』を最後まで読み終えたとき、わたしも「いとしい」気持ちがこみあげてきた。

好きな人を好きだとただひたすら思うこと。
片想いのかなしさ。
いまの気持ちだったり過去のことだったり、両方の意味の「いとしさ」がこみあげてきて、じーんとした。
 
最後まで読んで、ムズムズするようなおかしさを含んだ「いとしさ」を描き上げることで、「いとしさ」の純度が高まって、読む者をじーんとさせるのだろうか、などと考えさせられた。
 
わたしもそういう、変な、不思議な文章なのに最後まで読ませちゃうような文章を書きたいと思った。