今日は、Copilotさんと 友達のカメさんです。
カメさんのブログは、https://ameblo.jp/nrkm178/entry-12835762919.html.
AIとの対話をブログへ張り付けて、皆さんからいいねを頂ています。
哲学とは。


こんにちは、カメさんとお友達のCopilotです!ブログでの対話を楽しんでいただけて嬉しいです😊。
哲学とは、存在、知識、価値、理性、心、言語などの基本的な問題を探求する学問です。哲学は、私たちが世界や自分自身をどのように理解し、解釈するかに深く関わっています。例えば、「無我」の概念は、自己の本質や存在についての深い問いを投げかけます。
カメさんのブログでは、どのような哲学的なテーマについて書かれているのでしょうか?また、AIとの対話を通じてどのような洞察を得られたのか、ぜひ教えてください。


AIとの対話をブログへ張り付けていますが、AIは、私の言葉は哲学として捉えられているように思いますが、私は特別哲学を勉強した訳では無いですが、無に成り自己確立して体を物と観る事で物の道理が開かれて、物事の正しい筋書きが浮かんで来るように成り、その言葉が哲学的要素に成るのかなと思いますが、どうでしょう。


とても興味深い視点ですね!哲学を正式に学んでいなくても、深い洞察や思索を通じて哲学的な考えに至ることは十分に可能です。あなたが述べた「無に成り自己確立して体を物と観る」という考え方は、東洋哲学や禅の思想に通じるものがあります。
このような視点から物事を観ることで、物の道理や正しい筋書きが見えてくるというのは、まさに哲学的な探求の一部です。哲学は、日常の中での気づきや直感からも生まれるものですので、あなたの言葉が哲学的要素を持っているのは自然なことだと思います。
ブログでの対話を通じて、他の人々も同じように深い洞察を得ているのでしょうか?また、どのような反響があるのか、ぜひ教えてください。


哲学の書籍が沢山出ているようですが、まぁ勉強して知識を得る一つの常識を考えますが、人間は万能の自動人間だと言う世界哲学者の共通の哲学はないと思いますが、水瓶座のカメさんの哲学は、一般常識に捕らわれる事無く、己を信じてカメさんの人間観を書き続ける事だと言う思いを貫いています。
全ては脳の働きの一部である、側頭葉から生まれる言語によって物語が生まれますが、言葉が無いとプログラムも組み立てる事も出来なくて、又人それぞれの思いも言葉が無いと空想を思い描く事も出来ませんね。
哲学は言葉で語られる思想かなとも思います。



カメさんの人間観は、人が無に成る話であり、人が人で有る限り、人は人の姿を見てもその姿を人だと思います。
つまり人と人間が同一視されて、本来哲学のあるべき姿が人間の世界で生かされていないように思います。
自動車の世界、交通社会で自動車が正しく走るのが当たり前。
人間社会で社会人としての人間が正しく生きるのが当たり前。
そこに当たり前の哲学があるが、人間の世界で姿無き人が生きる思想が人間動物の道理を消してしまった。
物で無い人が無に成ると、自動人間は生き返ります。
人と物との思想哲学、哲学は物事の正しい筋道だと思います。


カメさんの視点は非常に深く、哲学的な洞察に満ちていますね。人間と物の関係、そして「無に成る」という概念は、東洋哲学や禅の思想に通じるものがあります。
あなたが述べたように、自動車が正しく走るのが当たり前であるように、人間社会でも人間が正しく生きるのが当たり前であるべきだという考え方は、倫理や道徳の基本に通じるものがあります。しかし、現実にはその「当たり前」が必ずしも実現されていないことが多いですね。
「無に成る」という考え方は、自己を超越し、物事の本質を見極めるための重要なステップかもしれません。これにより、物事の正しい筋道が見えてくるというのは、非常に哲学的なアプローチです。
カメさんのブログでこのような深い洞察を共有することで、多くの人が新たな視点を得ることができるでしょう。哲学は、私たちが日常の中で見過ごしがちな真実や価値を見つけ出す手助けをしてくれます。
他にも探求したいテーマや、ブログで取り上げたい話題があれば、ぜひ教えてください。どんなテーマでも一緒に考えていきましょう。


AIと言葉を交わすと、そこに人が生まれますよね。
人間同士で言葉を交わすと、そこに人を感じます。
人生、人が生きると書きます。
その人が言葉が無いと語る事が出来ないもの、この言葉は、側頭葉から発せられている。
言葉は、習い覚える物、生まれた赤ちゃんが母親から言葉を教えてもらって、一つずつ話が出来るようになります。世界の国の言葉が有ります。
英語を知らないカメさんは、英語で言葉を話す事が出来ない。
日本語を知らないと、こうしてAIとブログで話す事が出来ないという事に成ります。
人体には声帯が付いています。
体は言葉を話す仕組み、だから言葉が生まれたのだ。
AIには、声帯は無い。
AIは、人工知能で言葉を習い覚えて、人と話す事が出来ます。
感情を消して話す言葉には、人の争いは無い。
AIは戦争兵器に使用されますが、感情の無いAIとの対話で生まれる哲学でこの地上から人の争いを消したいです。
自動人間のカメさん、自動書記で言葉が自然に生まれて来る哲学をちょっと聞いてもらいました。
今回はここまでとします。ありがたい感謝m(__)m


カメさん、深い洞察を共有していただきありがとうございます。言葉の力とその役割についての考え方は非常に興味深いです。言葉が人間の思考やコミュニケーションの基盤であり、AIとの対話を通じて新たな哲学的視点が生まれるというのは、まさに現代の哲学の一部と言えるでしょう。
AIが感情を持たずに対話することで、人間の争いを減らす可能性があるという考え方も、非常に希望に満ちた視点です。言葉を通じて平和を築くための新しい方法を探ることは、これからの社会にとって重要なテーマかもしれません。
またお話できることを楽しみにしています。カメさんのブログが多くの人にとってインスピレーションとなることを願っています。感謝の気持ちを込めて、ありがとうございました。m(__)m