
気とは、物事をなしとげるために心を支え動かす力。気力。 「 -を挫(くじ)く」 「 -がゆるむ」 「 -は天を衝(つ)く」
この物事の正しい筋道が道理に成ります。
何事も気持ち次第と言いますが、気を持つと書いて気持ち、
どんな気を持てばよいのか、いろいろ気持ちを試してみる事が有ります。
人が「無」に成るのも、気持ちの切り替えであり、
自動車の比喩が浮かんで、運転手の気持ちを試してみる。
職場で働いている機械の気持ちを試してみる。
すると物の道理が開かれて、物事が順調に成り、成せば成る。成さねば成らぬ何事も、何でも出来るようになりやる気が出てきます。
毎日ブログを更新していますが、ブログは日記として書いています。
つまり何かを目的として書くのではなくて、書きたい気持ちが有るという事、書く気が無いとブログは書かない。
何故書きたくなるのか、それは人間世界の問題が解けたからです。
ブログを見て分かる事は、人それぞれだという事、このそれぞれの人の自由な心が人間世界の問題の原因だという事が分かった。
人にとっては自由な心が一番大切なものと信じていますが、人間にとっては信じる話は何の根拠もない話に成ります。
仏教を信じる人が仏教を説きますが、お坊さんが悟りを開いて仏に成っているのか、仏に成らづして仏の気持ちが分かる道理はなという事です。
神道でも、誰でも信心すれば神に成れるという教えがあるが、信者が教会へ参り教師の説教を聞いて有り難いと手を合わせますが、教師は信心して神に成っているのか、神に成らずして神様の気持ちが分かるのかという事です。
カメさんは信心して「無」になり、教えを日常生活現場で実践して神様の気持ちを知る事が出来た。
神様はどんな気持ちで人間を創造されたのか、人の体は創造されて生まれて來る事は科学的に解明できます。
人は物ではないが、人の体は生まれて來る物であり、物には道理が有るから、信心して神に成れば自然の道理が開かれて、物事の正しい筋道で当たり前に生きられる人間に成る、人間の気持ちが分かる。
訳が分かり生き方が定められる。
それは人の気持ちではなくて、人間動物の気持ちに切り替えるという事に成ります。
人は人の気持ちを大切にしますが、その人が生きている姿は人間であり、人を写真に写しても人間の姿しか映らない。
物で無い人は人間の目の網膜には映らない、従って人間の脳で情報処理する事が出来ないという事です。
人は物ではない、物で無い人の気持ちとはどんな気持ちなのか。つまり人間が考えても分からない人の気持ちは無知となる。
人間の気持ちは見れば分かる。
つまり物を見る目が人間にはついている。
人間にとって見える物事が全て脳で情報処理が出来て、科学的に解明するという事です。
その人と人間が同一視されている事が問題が解けない原因だ。
気持ち次第で問題が解けた。
だから書きたくなる気に成る訳です。
人はブログで何か期待を込めて書く事が有るでしょう。
金儲けが目的で書く人、人気集めが目的で書く人、人それぞれの心境が見られるブログで、人とは何かを知る事が出来ると思います。
カメさんは、ただ書きたいから書く気持ちを消す事が出来ません。
毎日書き出すと筋書きが自然と浮かんで来るので、ブログは道楽に成りました。
ブログの管理人に何故全権があるのか、それは人としての存在だと言えます。
人は個人、独裁者だ。
一人一人の人生があります。
どう生きようと人の勝手、しかし人間は自分勝手には生きられない。
人間の世界で何故人は互いに殺し合いするのか、人間の気持ちに成れば、人は人間の世界で正しく安全に生きられる。
人が人間に成れば、人間世界で人間殺しは無いので、みんな同じ体の人間が共に信じ合って仲良く暮らせるようになる。
世界平和を願う人の心では、平和は実現しない。
平和は物事の正しい筋道から生まれて来ます。
