働かざる者、食うべからず。と書くと、働かない人に死ねと言うのかなんて罵倒される事が有りますが、物の道理を説けば、物事の正しい筋書きとして、働く物は食べないと働くエネルギーを摂取する事が出来ないと言う事で、人に道理を説いても、人は物ではないので道理は通じないが、人の体は毎日働いているので、食べないと腹がへって仕事する力が出ません。
人と人間が同一視されているので、道理を説いても人が反発します。
我々は物ではない、物扱いするなと言います。
人間世界の問題は、人には解けない。
問題は考えないと解けません。
人の心には頭脳が無いから、問題は解けない。
人の心は自由であるから、人に正しく生きれと言っても、人それぞれで物事の正しい筋道は開かれない。
人は人間社会で自由に生きて問題を起こします。
泥棒も人の自由な心でしょう。
1+1=2 これが物事の正しい筋道です。
1+1=3 これは正しくない。
この筋書きが物事に成ると、人によっては、答えは人それぞれ自分勝手に答えを出して都合よく生きる人に成ります。
そう言う事で、働かざる者、は人では無くて人の体、人間に対して言う格言だと言えます。
ロボットは電気を食べないと働けない。
自動車はガソリンを食べないと動かない。
人間は食物を食べないと、腹がへって働けない。
人は少々食べなくても生きられますが、人の体には消化器官がありますから、食べて栄養を摂取する事が当たり前。
こうした物の道理が通らなくなってしまう時代に成ってしまったようです。
それは人の心が一番大切なものとされる思想が広がったからだ。
人が「無」に成ると、人の体は物事の正しい筋道で当たり前に働いて生きる人間動物に成ります。
人間には頭脳が有るから、問題は考えれば解けます。
人は人の体を物と思う事で、物の道理が開かれて、人は人として生きるのではなくて、人は人間として人間社会で生きる人に成り、交通社会で生きる人のように、みんな正しく安全に生きて自己責任を自覚するようになります。
みんな正しく運転すれば、交通事故も無くなり問題が消えます。
みんな正しく生きれば、社会問題は消えます。
人間は動物です。
人は物ではない。
人に正しく生きれと言っても、人には物事の正しい筋道は無い。
だから人が人で有る限り、その自由な心が人間社会で正しく生きる事が出来ないのだ。
人は何故正しく生きるのか、その訳を知らない。
人が「無」になり、意識から消えて無くなれば、人間動物は頭脳からの信号で物事の正しい筋道で当たり前に生きて働いて人の役に立つ人に成る。