どっちも「慢」が共通していて「自」も「我」もほぼ同じ意味なのに


熟語として「自慢」「我慢」になるとどうしてこうも意味が変わってくるのか。


しばらく考えていたことで自分なりの答えを出してみたかったけど検索してしまった。


簡単にいうと


「我慢」には2つの意味があって


①耐え忍ぶこと

②我意を張る。自分を優れていると思い、他を軽んずること


ということらしい。


つまり②の意味で使われた場合のみ自慢=我慢になるらしい。


さらに言えばもともと我慢は②の意味で使われていたけれど①の意味が後から加わったようでもある。


じゃあなんで自慢は多義語ではないのか。


これ以上は仏教について知らないと理解できないそうで、断念した。



我慢できずにタレた今日、我慢の理解が深まった。


今日も電車内のドアに背中を向けてよっかかり、左下をなーんとなく見る。


今日のそこには中年のハゲ散らかしたおっさんがおり、スイカさながらの頭をツヤツヤ輝かせながら居眠りしてる。


叩きたい!めちゃくちゃいい音するんだろーなーと思う。でも結局叩けないで西日暮里で電車を降りるのだ。

チェ 28歳の革命


チェゲバラの映画前篇・後篇を見た。


公式サイトすら存在しない、いまどき珍しい映画。


ドキュメンタリータッチでドラマ的な要素は全くといっていいくらいナシ。


全体として退屈な映画なのに、ゲバラが映ってるっていうだけで最後まで観れた。


殺される直前、彼は言う。


「人々は神を信じてる。私は人を信じてる」


(だからお前が私を撃たないということも信じてる)


かっこえーぞ!と思いつつ


そういやsupのゲバラTee去年買ったなと思いだし、タンスをあさったらなくなっており、


おまけに同じく去年買ったヘリクルーパンツまでなくなっている。


今は豊橋に住む兄に持っていかれたと気づいたのはビデオを返しに行った時。


返してください。




PSアクセス解析したらTOPからこのブログに来る人は僅かで、ブログ直ばっか





最近「右ヒザ」を見ていて思うことがある。


それは赤文字、黄文字、青文字の意味。


どのような使いわけをしているのか、分析したみたところ


大切な出来事順に赤>黄>青なのだということについに気づいてしまったのである。


そこで振り返ってみよう、2月7日の日記を。



細川さんご来店!!


まぎれもない赤文字であり、さらにデカ文字(フォントサイズ5)なのである。



つまり少なくとも重要度的には



ご来店=昼飯食いそびれ>コンパソ、どーん>GOEMON=『美しい食い意地』



ということになる。



この仮説がより信憑性を帯びることになるのは再び細川が登場したときだけど



もはや確定だよ、これは。



アメブロのマイプロフィールをようやく全部埋めた。