百人一首 ときどきカクテル -3ページ目

20番 わびぬれば 元良親王(業平子孫疑惑その二)


これから数回は在原業平の子孫&子孫かもしれない!?シリーズで


攻めて行きたいと思います。



わびぬれば 今はた同じ 難波なる


みをつくしても 逢はむとぞ思ふ



「わび」は「わぶ」の連体形で、思いわずらい悩むという意味です。


<あなたとの恋愛が皆の知るところとなった今


非難され、会うこともできず


苦しい毎日です


もういっそ私の全てを捨てて


あなたに会いに行きたい・・・


いや、行くのだ!>




作者は元良親王。


彼の父は昨日ご紹介した陽成院。


スキャンダラー高子姫と業平さんとの間の子ではないかと言われ、


お脳を病まれたという悲劇の皇帝、そして美男子だという噂の方。


息子元良親王自身も美男だったようです。



父譲りの奔放な情熱を、元良親王はもっぱら恋愛で消化していました。


西に美人がいると聞けば文をやり、東にいると聞けば歌を詠む、というまめな方。


このあたりが業平の血を受け継いでおられるのではないかと・・・。




百人一首のこの歌のお相手は、宇多天皇の寵妃、藤原褒子です。


色ごのみの美男貴公子を夢中にさせた褒子姫とは


どんなに素敵な女性だったのでしょう。


目に入れても痛くないほど溺愛していた若い妃を、口説き落とされてしまった宇多天皇の


胸中やいかに!?


でも私、宇多天皇にはもの申したい事がたくさんありまして、


彼の好色っぷりは追々記事にのせていこうと思っていますが、


とにかく、宇多さん、自分も好き勝手やったんだから大目に見てあげて☆


そもそもこの褒子姫だって、宇多さんの息子の醍醐帝に入内するはずだったのに、

彼女を一目見た宇多さんが、あれあれ?という間に連れて帰ってしまったという・・・




しかし今さらですが、

この時代の方は、男女問わず「もう好きにして!」というくらい自由奔放に恋愛してますよね。























13番 恋ぞつもりて 陽成院(業平子孫疑惑その一)




私にとって百人一首ってなんだろう、と、


とーとつに考えたところ、


やはり癒しではないでしょうか。


仕事がうまくいかなくて、心が折れそうなとき、


または折れてしまったとき。


夜ふと目がさめて、なんとなく不安になって眠れないとき。


私は自分の好きな歌を暗誦します。


すると、とても落ち着きます。



今日ご紹介するのは、そんな状況に陥ってしまったときにまず


頭に出てくるお気に入りの歌のひとつです。



筑波嶺の みねより落つる みなの川


恋ぞつもりて 淵となりぬる


<最初は何とも思ってなかったんだ


思っていないと思っていたんだ


そんなほんの少しの想いでさえ、つもりつもればもう


こんなにも君が愛しい>




作者は陽成院。


父母は、先日ご紹介した在原業平と禁断の恋に落ちた高子姫と、清和天皇の親王さまです。


神代にもいないと言われるほど美しい高子姫と


「風儀甚だ美し」と伝えられる清和天皇との間に産まれた陽成院は


どんな美男子だったかと思います。



子供の頃からい~い性格だったようで、


それは年を重ねるごとに磨き上げられ、


かの藤原基経も手を焼くほどのワルになってしまわれます。



ついには騙されるような形で、天皇の位を退位してしまいます。


お脳を病まれ、凶暴性があったと言われていますが、


どこまでほんとだったのでしょう。


歴史とは勝者の都合のいいように書き換えられてしまうものですから・・・。




百人一首のこの歌は、妃の1人、釣殿宮綏子内親王 に送られたものです。


いとこ叔母の幼馴染の姫に送ったこの歌は、まだ陽成院が自分の悲劇的な運命を知る前の


頃のものです。


17歳で追われるように退位され、皇位をついだのは皮肉にも初恋の彼女の父、光孝天皇でした。



さて、この陽成院さん、古来からあの在原業平の子であると言われています。


真相はどうなのでしょう。


「恋ぞつもりて」はほんとに心に響く歌なので、歌の天才業平の血をひいていると


納得がいくというか、私的にそうあってほしいというか…。


それはそうと業平さんの子孫であるかも?という方の歌が、


百人一首にはたくさんおさめられています。


彼らの歌もとても切なく良い歌です。



これから数回は業平さまの子孫&子孫疑惑の人々をご紹介していきたいと思います。








































こんな事言われたら、別に好きじゃなかったとしても、一生守ってあげたいって思いますよね!?


目が覚めました



計画停電が発表された初日。


自分の駅も運転を見合わせていたので、車で出勤しました。


すいていれば20分、混んでいても裏道を駆使すれば40分ですむ距離でした。



自分の考えの甘さに気が付いたのは、


家から出てすぐでした。


これは人生初!というほどのピクリとも動かない渋滞にがっつりはまり


いつもより早めに出たのに、着いたのはお昼前でした。


そして3時20分から停電のグループでしたので(実際には5時からでしたが)


昼からミーティングに出て、自分の仕事にとりかかることもできず、帰宅しました。



今日の私のしたことってなんだろう??


渋滞にはまる。


ミーティングに出る。


以上・・・。





今朝まで、


テレビやネットで、ひどい惨劇を見ながら、


被災地の人があんな状態なのに私ご飯なんか食べていいのかな?


お風呂に入ってもいいのかな?


なんてもぐもぐ思ってました。


とんでもない思い上がりですよね。




まず自分のやるべきことをして、


車ではなく自転車にしたりですよね。


できることをして、


節電ですとか、節水ですとか。



被災地のみなさんに恥ずかしくないように、私も頑張りたいと思います。