知り合いの先輩コンサルタントのメールより・・・・


国連の「子供の権利憲章」が誕生して、今年で20年、縁あってその記念大会に出席してきた。


この会のひとつの特徴は、子ども実行委員による子どもからの情報発信の場がふんだんにあるということだ。不登校やいじめにあい、自殺未遂を考えた本人からの心からの訴えには思わず目頭が熱くなった。子どもからの目線の鋭さ、常識や書籍では中々わからない生々しい実態など教えてもらうことも多かった。

またそれぞれの困難を乗り越え、大勢の大人の前で自分のつらい過去などを堂々と話している姿は、とてもそういう経験をしてきたという面影はない。時には涙を見せながらも、一方で笑い飛ばしながら想いのたけをほとばしらせていたのが感動的でもあった。



子ども議会からの提言もあった。

いやな先生のワースト3は、一位がすぐに怒る人。理由が鋭く「自分は本当に人に怒れるような大人なのかよく考えてほしい。」これには、会場ウケつつも苦笑いだった。次が、ひいきをする先生。どこの学校でもこういうことが多いらしく頭のいい人やかわいい子がどうもよくひいきされているらしい。また言っていることとやっていることのギャップを子どもたちはよく見ており、そういう指摘も多かった。



三番は、人のいうことを聞かない。不登校の会でも出ていたが、先生だけではなくこれは親に対しても同じ意見だった。不登校の理由などを問い詰められ、仕方なく話すと「お前は子どもだから」とか、「私の若いときは・・・」などが始まり結局何も聞かない。そんな時、「もう自分はいらない」と思い親に「自分が本当は嫌い」「早く死んでほしい」と言ってくれと迫ったこともあるという実話も話してくれた。



その後、父は本当に死んでくれとまで言ったが、母は最期まで見捨てなかった。しっかり自分を抱きしめ、あなたが死んだら私も死ぬ。絶対死なないでと止めてくれた。今はああいうことを言った自分を責めている。父も本心で言ったことではないと思う。ただ本人が辛い時は、じっと待っていて欲しいという意見も多かった。



仕事柄、傾聴などという言葉は知識・技法としてはわかっているつもりではいる。しかし、本当に人の話を聴くのは難しい。まして「じっと待つ」というのはなかなか出来そうで出来ないことが多い。この2日間の子どもからの学びをじっくり噛み締めたいと思う。



感謝