【大学受験】千葉大学 教育学部 2027年度総合型選抜入試 

 

 

  総合型選抜Ⅲ 地域教員希望枠の新設

<条件>

・卒業後、千葉県内で教員として勤務すること

・教育に関する体験的な活動を行っていること

・大学入学後は、「テーマ・プログラム」を履修し、在学中に千葉県・千葉市公立学校教員採用候補者選考を受験することを確約できること

 

<対象>

千葉県内・県外を問わず、千葉県で教員として勤務を希望する者

 

 

  コース別定員

小学校コース (38名)
小中専門教科コース (7名)
英語教育コース (10名)
特別支援教育コース (8名)    

計63名

 

 

  選抜方法

・書類並びに適性検査及び面接

・大学入学共通テストでは6教科8科目の受験を課し、合格判定に利用する科目のうち、高得点3科目の合計が概ね60%に達している

 

 

引用:千葉大学教育学部 地域教員希望枠

 

【英検®】英検S-CBT 注意点 

 

 

変更点

 

本人確認

 

2026年4月実施分より、本人確認の方法が強化されました。

顔写真付き身分証明書の原本を提出する必要があります。

 

昨今、替え玉受験など受検者本人以外が受検することが発生しており、それへの対応です。

 

 

 

筆記用具の貸し出し

 

2026年4月実施分より、私物の筆記用具を試験会場へ持ち込んで使用することが禁止となりました。

会場で、全員一律で筆記用具の貸し出しが行われ、その筆記具を使用しての受検となります。

電子機器などを使用したり、細工が施された用具を使用したりでのカンニングの発生も問題となっています。

それへの対応となります。

 

 

 

その他

その他の詳細については、英検協会のHPや案内をご確認ください。

 

【大学受験】中京大学 2027年度入試 変更点 

 

「工学部メディア工学科」の学生募集停止 となりました。

 

確かに、入試結果のデータを見ても、他学部・他学科と比べて志願者数とそれに占める合格者の割合が低く、経営的には厳しい面が見られます。

 

他大学でも情報系・メディア系の学部・学科が増えてきたこともあり、中京大学がわざわざ担う必要もないかもしれません。

 

志望に含んでいた場合は、変更に迫られますね。

 

 

引用:工学部メディア工学科の学生募集停止について

 

【大学受験】名古屋市立大学 2027年度入試 変更点 

 

 

 名称

 

「総合生命理学部」→「理学部」へ名称変更

 

 

  キャンパス

 

 滝子(山の畑)キャンパス(名古屋市瑞穂区瑞穂町字山の畑 1)

 田辺通キャンパス(名古屋市瑞穂区田辺通 3-1)

 

 

  入試方式

 

前期入試の実施

定員40名

 

<共通テスト>

国語:100

数学:100

外国語:200

社会:50

理科:100

情報:50

 

合計:600

 

<個別学力検査>

数学:200

理科:200

 

合計:400

 

総計:1000

 

 

その他、詳細に関しては、名古屋市立大学のHPを確認してください。

京都産業大学の2027年度 総合型選抜についての情報が更新されました。

気になる方は、リンクよりご覧ください。

 

京都産業大学 「2027年度 入学試験要項・出願書類・過去問題集ダウンロード」

 

京都産業大学では、推薦入試と一般入試前期において、「情報」の個別試験を実施します。

2027年度入試から、推薦入試に関しては全学部に拡大するとのことで、情報系を強化したい高校生にはオススメの大学・入試方式となるでしょう。

 

【大学受験】東京女子医科大学 2027年度学費の変更 

 

 

学費の変更

 

  医学部

<初年度納入金>

改定後の入学金160万円(現行 200万円から 40万円減額)
改定後の授業料250万円(現行 280万円から 30万円減額)
        ※初年度は合わせて70万円減額
 

<2年目以降(年額)>

改定後の授業料250万円(現行280万円から30万円減額
 

<6年間の減額>

現行から計 220万円の負担軽減

 

 

 

  看護学部

<初年度納入金>

改定後の入学金40万円(現行45万円から5万円減額)
改定後の授業料102万円(現行110万円から8万円減額)
        ※初年度は合わせて13万円減額
 

<2年目以降(年額)>

改定後 167万5000円(現行 175万5000円から 8万円減額
 

<4年間の減額>

現行から計 37万円の負担軽減。

 

 

入学を辞退したときの入学金の返金

 

  医学部・看護学部の一般入試

<返還金額>

医学部80万円 (入学金 160万円の2分の1)
看護学部20万円 (入学金 40万円の2分の1)
 

<申請期日>

2027年(令和9年)3月20日(土)まで

 

 

 

引用:東京女子医科大学 「2027年度(令和9年度)医学部・看護学部の学納金改定(減額)および入学金に係る学生の負担軽減のお知らせ」

 

【学進ゼミ】高校1・2年生 ホームルーム  

 

 

オープンキャンパスはいつ行けばいい?

オープンキャンパスに行くタイミングについて。

結論としては、高校1・2年生の長期休みの時期です。

 

理由は、

①高校3年生は勉強にすべての時間を使う

②志望校選びに必要な情報は事前に集める

ためです。

 

①高校3年生は勉強にすべての時間を使う

私立大学であれば3教科、国公立大学であれば8教科を使います。そのような科目数が多い中で、1日をオープンキャンパスに「浪費する」暇などありません。

 

しかも、オープンキャンパスは複数行くでしょうから、貴重な休みを情報収集で潰してしまうのは無駄です。

 

また、総合型や指定校などの事前の書類作成が必要で、かつ9月から小論文・プレゼンなどの試験がスタートする入試形態においては、入試1か月前の時期に、それらの対策に時間を使う以外のことなどあってはなりません。

そんなに入試は甘くありません。

 

②志望校選びに必要な情報は事前に集める

各種試験形態が異なるものそうですが、志望校・志望学部によって受験科目が全くといっていいほど異なります。

全く違うのに、どの科目を使ったらいいか?を考えなくてはいけない志望校・志望学部を、高校3年生で決めたところで受かるわけがありません。

なぜなら、高校1・2年次に「科目選択」があり、学校で受ける科目・受けない科目を決めなくてはいけないからです。

 

単に文系・理系の区分だけではなく、社会なら「世界史探求」「日本史探求」「政治経済」「倫理」「地理探求」などに分かれます。

理科なら「物理」「化学」「地学」「生物」と分かれます。

特に理科は大いに進路へ影響し、医療・看護系なら「化学・生物」が受験科目として筆頭になりますし、工学系なら「化学・物理」と全くジャンルが異なります。

 

このように、受験科目に影響する「科目選択」をする際に、志望校・志望学部が決まっていなければいけない事情もあります

 

 

 

オープンキャンパスの着目点

オープンキャンパスに行った感想で多いのは、

「キャンパス・建物が大きい・広い」

「きれいだった」

「図書館の本が多い」

「パソコンルームの設置台数が多い」

などのハード面です。

 

高校見学の際のあるあるでもありますが、ハード面ばかりに気を取られ、実際にその学校へ通った際のイメージをしていない問題です。

 

 

大学は4~6年間通う場所です。

・駅からの距離、坂道の有無、交通量

・教室のイスや机

・エレベーターの台数や混雑度合い

・食堂やコンビニなどの利用状況(昼食時の混雑)

・時間割(履修登録)の自由度=必修ばかりかどうか

・実習内容や場所

・学費、奨学金

・ゼミや教授陣

などなど気にする場所は多岐にわたります。

 

そういったソフト面や環境面をチェックすることができるのが、オープンキャンパスなのです。

 

 

 

6~8月にオープンキャンパスは集中する

夏の時期が一番オープンキャンパスの開催が増えます。

この時期を逃すとなかなかタイミングが見つかりません。

しっかりと情報収集を行い、オープンキャンパスへ出かけましょう。

 

ホームルームでは、千葉・東京・神奈川・埼玉の国公立大学・私立大学の現時点でのオープンキャンパス開催状況のリストを配布しました。

また、学進ゼミ1階の書棚には、大学案内の冊子も最新版を配架済みです。

(※富里スクールでも同様に配架済み)

これらを参考に、情報収集して、オープンキャンパスに行ってみてください。

 

【国語】読書をしたら「国語力」は上がる? part3 

 

前回(【国語】読書をしたら「国語力」は上がる? part2)、前々回(【国語】読書をしたら「国語力」は上がる?) で、読書についての話をしてきました。

 

今回は、読書をしなくても「国語力」・「読解力」を向上させるには、どのようにすればいいのか?についてお話ししようと思います。

 

 

 

 

「イメージ」する

 

「国語力」・「読解力」の向上のためには、文章という文字情報を「映像化」することが大切です。

文章よりも動画が流行しているのは、そちらのほうが理解しやすいと感じているからです。

 

だからこそ、文章を脳内で映像に変換し、イメージしていくことが大事です。

 

特に私は、中学・高校と演劇経験があるため、台本を読んで、人物の情景描写を脳内で映像化したうえで、自分が演者として舞台上で表現してきました。

その経験もあり、映像への変換・イメージ化というのは重要であると認識しています。

 

国語が苦手だと自覚している生徒は、共通して「文章がなにを言っているかがわからない」ということを言います。

それは、単純に「言葉の意味がわからない」こともありますが、「どういう状況・場面を言語化しているかが想像できない」ということも含んでいることがほとんどです。

 

 

絵を描こう

 

そんなときに、私は国語の指導では「絵を描きます」。

私は美術が万年「3」でしたので、決して上手い絵を描くことはできません。

ただ、情景は思い浮かんでいますので、それをどうにかして具象化して、絵に落とし込んでいます。

文字を言語で説明しても、難しいままです。

なればこそ、文字を言語以外のもので説明すればいいだけのことなのです。

 

国語が苦手な人こそ、絵を描いて、イメージを明確化にしていきましょう。

 

 

 

「無意識を『意識する』」

 

私が指導中に意識をしていることは、「無意識を『意識する』」ということです。

私に、1年以上指導を受けている生徒は、もれなくこのことを叩き込まれます。

特に、個別指導の形態だと顕著です。

もともと私は、市川にある個別指導塾で10年近く指導していたので、個別指導のほうが経歴としては長いです。ただ同じ塾での中3特訓授業では、集団授業のような指導もしていたので、経験に大きな差はありませんが……。

 

さて、話を戻します。

「「無意識を『意識する』」というのは、

①どのようなルートで目線を運んで文章を読んだか

②どの単語に注目したか

③意味のわからない単語、あいまいな単語をどのように処理したか

④指示語や接続語をどのように解釈したか

⑤どういう思考過程を経て、問題を解いたか

⑥その答えを書いた・選んだ理由はなにか

⑦(記述において)どうしてその単語を使用しようと思ったか

⑧(選択肢において)どうしてその選択肢を選んだ・排除したか

上記のようなものを「すべて説明できる」状態にすることです。

 

どうやって考えていったかの過程を可視化することで、「考え方のクセ」や「見落とし」、「主観と客観の区別」、「勝手な解釈」などを発見できます。

 

これを自力でできるようにするというのは至難の業です。

だからこそ、塾などでだれかに指摘してもらうのが手っ取り早いです。

 

 

「なぜ?」は責める言葉ではない

私の指導では、「なぜ?」を多用します。

むしろそれしか言わない授業すらあるくらいです。

受験生の指導で、冬の時期だと、「なぜ」しか出てこないですね。

 

これまでの生徒たちが口をそろえて言うのは、

「どんなに自信がある答えを出しても、先生から『なぜ?』とか『どうやって考えたの?』と言われるので、気が抜けない」

「『これぐらいで大丈夫だろ』『ここはさすがに』と言語化できな部分があると、ほぼ必ず『これどうやってやったの?』『ここってどう理解したの?』とツッコまれるので見透かされている」

「個別指導だと自分しか答える人がいないので、逃げ場がなく、常に圧を感じる。プレッシャーがやばい」

というものですね……。

 

ひたすら私に質問(彼らからすると「尋問」)されるので、プレッシャーにはさらされているでしょうね。

全員が全員、「先生の授業はツライ」と言います。

全然ヘッチャラ!なんて生徒は見たことないです。

 

そのくらい、思考の過程をチェックしまくり、隅々まで言語化・意識化させます。

そうすると、段々と「どこに注意して考えればいいのか」が身についてくるので、国語力だけではなく、学習行動自体も自律して進めることができます。

 

 

「国語力」を上げると、自分でやれる子になる

 

単に国語力を上げるというのは、文章を理解できるようになるということではありません。

自分の考え方のクセを発見し、どこに注意を払えばいいのかを理解することです。

だから、自分の学習スタイルを形作ることにつながり、自ら考えて自ら行動できる状態になります。

自分から、自習するという行動にも移れます。

 

自慢にはなりますが、富里スクールを例に挙げると、私が着任する前(3年以上前)は、自分から自習に来る生徒はほぼいませんでした。

自習に来たと思えば、親から言われて来ているパターンばかりです。

私が着任後は段々と自分から「自習に行ってくる」「自習に行きたいから車を出して」と言うことが増え、今では塾生の80~90%くらいは週1回以上自習に来ています。

小学生・中学生・高校生、すべての学年で言えることで、受験生だけが…というようなものではありません。

 

自習に来るのがむずかしい生徒は、「送迎のタイミングが確保できない」「家から遠い」「部活・クラブが忙しく、授業だけで精一杯」といった事情のあるもののみで、大半の生徒は自習に来ます。

自習に来る生徒が爆発的に増えたことで、使っていなかった部屋を整理して、自習ブースとして開放したこともあったくらいです。

 

 

まとめ

 

単に国語力を上げるために、読書をすればいいとは思いません。

しっかりと思考過程を精査し、どこを修正すればいいかまで考えたうえで取り組むべきです。

そして、なんのために国語力を上げたいのか?という目的もなければ、正しい方法を考えたり、軌道修正をすることもできません。

 

目的と手段を適切に考えて、逐一修正をかけていくようにしましょう。

 

【国語】読書をしたら「国語力」は上がる? part2 

 

前回、【国語】読書をしたら「国語力」は上がる?において、語彙を増やし、イメージをできるようにすると、文章の理解がスムーズにできる、という点を述べました。

 

その続きです。

 

 

 

「読書」とは

 

「読書」を皆さんはどのように考えているでしょうか?

単純には「本を読むこと」なのは間違いないはずです。

では、「本」とは何を指していますか?

 

・小説

・ライトノベル

・新書

・参考書

・雑誌

・新聞

・専門書

・漫画

・図鑑

・伝記

・エッセイ

 

「本」といっても、多用のツールが存在します。

中でも話題に上がりやすいのは、「小説」でしょうか。

 

たとえば、池井戸潤「半沢直樹シリーズ」、東野圭吾「『容疑者Xの献身』などのガリレオシリーズ」、湊かなえ「告白」などいろいろな作家が面白い作品を描いています。

 

では、半沢直樹を読んで、「読解力」「理解力」が上がり、問題や文章を読めるようになるのか?

結論としては、読めるようにはなりません

 

 

 

「読書」と「読解」のちがい

 

なぜ、読めるようにならないか?といえば、アプローチの仕方、すなわち読み方が違うからです。

 

一般的な読書の場合、「娯楽」「エンタメ」として楽しむことが多いです。

そのため、「わからない言葉」が出てきても、前後の文脈から推測して意味を補填するため、無視して読み続けることができます。

また、なんとなくの雰囲気で読むことも多く、読後のスッキリ感や満足感など、後味に浸ることも読書のひとつです。

そして、主人公と同じ目線で話が進むことで、まるで自分もその場にいるかのような臨場感を覚え、共感をすることもできます。

 

それに対して、問題を解く際に行う「読解」は、「わからない言葉」がでてきても無視することはできません。ほとんどの場合は、そういった言葉に傍線がついており、問題になっているため、内容を考えなくてはいけないからです。

また、国語の文章においてはある一場面が抜き出されており、これまでの流れやオチがどうなるかなどを判断することが難しいです。

そして、主観からは切り離し、あくまで客観的に、だれでも普遍的に同じ理解が行えることが国語の解答としてふさわしいものになります。

 

これだけで、「読書」と「読解」はちがう読み方、極端に言えば、正反対の読み方をしなければいけないのです。

 

 

「読書」は無意味?

 

そのため、「読書」をしたからといって「読解」ができるようになるわけでは決してないのです。

これが小学5・6年生の中学受験、中学3年生の高校受験を間近に控えた時期に、「ウチの子は文章が読めないので、読書を家でさせたほうがいいですか?」と言われると、「無意味なので、時間の無駄です、やめてください」と私からは言うしかありません。

 

たいていの場合、「読書」と「読解」のちがいを正しく認識しておらず、その場で保護者の方に納得いただいても、生徒本人が認識することが難しいからです。

であれば、読書以外の別の方法で点数をアップさせたほうが効率がよいです。

 

しかし、「読書」自体が無意味なわけではありません。

読書に日ごろから慣れておくことで、長文を読む際に苦痛に感じなくなったり、集中力が切れないで問題を読み進めたりすることができるからです。

その状態にするためには、1週間に1回は読書を30分以上やっている環境を年単位で長期間続いている必要があるので、付け焼き刃で身に着けるものではありません。

環境整備が重要な話です。

 

その状態になった生徒だと、国語や各種文章題を解く際に高得点は出やすいです。なぜなら文章を苦痛と感じずに、集中して解くことができているからです。理解できるできないの手前で、差がついているだけの話です。

 

 

結論

 

読書は幼いころからの積み重ね、環境要因です。

いきなり、読書をさせても続きませんし、かえって反発を招きますので、逆効果となります。

 

そして、読書は読書、読解は読解であると、区別することも必要です。

 

 

では、読書をせずに読解力を向上させるためには、どうすればいいか?を次回、お話しすることとします。

 

【国語】読書をしたら「国語力」は上がる? 

 

6月から面談期間に入り、保護者の方からよく聞く話が、今回の「読書」です。

 

「国語や算数・数学の文章題が苦手で…」

という話になると必ずと言っていいほど、「うちの子は読書をしなくて…」という話題になります。

 

そこで、果たして「読書」をしていないから「文章の理解度が低い」のか、そして、学習において「読書」はすべきものなのか?について、お話しできればと思います。

 

 

 

 

 

 

「文章を理解できる」とはどういうことか

 

「読書」の有効性の前に、子どもたちが抱えている「文章を理解できない」という課題に対して、問題点や原因を明らかにしていきましょう。

 

国語の文章、算数・数学の文章題、はたまた教科書に書いてある内容……。

 

子どもたちが目にする「文章」は学校だけでも数多くあります。

その「文章」を「理解できない」とはどういうことなのでしょうか?

 

保護者を含む大人たちは、自然と文章を読み、理解することができている人が多いはずです。

特に仕事をしている大人は、メールや資料など様々な文章を扱いますから、文章を読まないと仕事ができません。

ホワイトカラー・ブルーカラーなどの職種・職場環境の違いはあるでしょうが、どの仕事にせよ、文章は出てきます。

 

さて、そんな大人たちが理解できてきた「はず」の、教科書や文章題の文字。

自分の子どもは、それらがなぜ理解できないのか?を逆に理解することができません。

なぜなら、我々はこう思うからです。

 

「だって、書いてあるじゃないか」

 

と。

確かに日本語で書いてあります。では、日本語で書かれていれば、だれでも理解できるのでしょうか。

 

 

 

大人も読んでみよう

 

では、以下の文を読んでみてください。

 

「大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面きちょうめんな男がたばにして頭の抽出ひきだしへ入れやすいようにこしらえてくれたものである。一纏ひとまとめにきちりと片付いている代りには、出すのが臆劫おっくうになったり、ほどくのに手数がかかったりするので、いざという場合には間に合わない事が多い。大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られたる指南車しなんしゃというよりは、吾人ごじんの知識欲を充たすための統一函である。文章ではなくって字引である。」(夏目漱石「イズムの功過」青空文庫より)

 

上記は夏目漱石の文章の一節です。現代の日本語と同じ書き方で書かれています。

大人たちに言いましょう。

「だって書いてあるじゃないか」と。

この上記の文章がスラスラと読んで理解できたのなら、まずは及第点といったところです。

 

子どもたちは、大半の大人が上記の文章を見て、感じた戸惑いや感覚を、教科書の文章に感じているだけの話です。

 

なぜそういった感覚を大人だろうが、子どもだろうが抱いてしまうのか。

単純です。「語彙を知らない」うえに「イメージすることが苦手」だからです。

 

 

 

「語彙力」がある

 

語彙とは言葉のことで、言葉を多く知っていれば「語彙力がある」と言うことがあります。

しかし、単純に言葉を数多く知っているだけでは、「語彙力がある」とは言えません。

 

真の意味で「語彙力がある」とは、「1つの事柄を複数の言葉に変換できる」ことを言います。

 

例として、「家」という言葉を別の言葉に変換してみましょう。

・自宅

・御宅

・ウチ

・我が家

・邸宅

・住処

・住居

・住宅

・城

・マンション

・アパート

・一軒家

など、様々な言い方ができますよね。

※ちなみに、筆者は検索などせずに思いついたものだけ列挙しました。

 

一番ひっかかるのは「城」でしょうが、年配の男性は使うことがあります。

今までは賃貸住宅で暮らしていて、ようやく自分の家を建てたとき「一国一城の主」だ、と。

 

このように、同じ「家」という建物を指す言葉であっても、別の言葉に変換することが可能なのです。

しかし、同じ「家」から変換した言葉なので、「家」という意味を持っていますが、「マンション」と「アパート」は同じ言葉でしょうか?

また、「邸宅」と「自宅」は同じ言葉でしょうか?

感覚として全く違うはずです。

 

なぜなら、「マンション」は多層階建て+鉄骨の建物を、「アパート」は低層階建て+木造の建物を指す言葉して使われる場面が多いからです。

 

「邸宅」は相手に対して敬語的な使い方で言いますが、「自宅」は自分に対して使う言葉ですね。

※「ご自宅」の場合は、相手に対して使う

 

このように、同じジャンル・意味を持つ言葉であっても、「使う場面」「敬意」「定義」が異なるのです。

 

この異なる部分まで注意して理解できていることを「語彙力がある」と言います。

 

 

「イメージをする」

 

そして、持っている語彙から、それらの言葉の羅列がどのような情景・場面を描いているのかを、頭の中で映像化することを「イメージをする」と言います。

 

この、イメージができた状態で、ようやく、目の前に書かれている文字が「理解できた」と言ってよいのです。

 

 

 

無意識を意識する

 

文章を理解する前提には、「語彙」「イメージ」が不可欠です。

そしてそのプロセスを、大人たちは自然と身に着けてきたのです。

学校、家庭、仕事、友人とのやりとり……。

様々な場面で身に着けた「経験」であって、今回話した内容を「教わった」ことはほぼ無いはずです。

 

しかし、子どもたちは大人たちがたどったプロセスを「経験」していません。

そして教わってもいない。

そのような状況で、「目の前に書いてあるのだから、そのまま読んで理解すればいい」というのは乱暴でしょう。

 

そこで、私が生徒たちに指導していることは「無意識を意識しろ」ということ。

普段何気なくやっていること、考えていることを言語化しなさい、と常々言っています。

 

だからこそ私の授業では、「なぜ?」「どうやって考えたの?」「次どうするの?」という発言が多用されます。受験直前だと、この3つしかほぼ話さない授業すらあるくらいです。

 

目の前の文字を理解する前に、自分自身の思考回路を理解し、「何がわからなくて、何がわかっているのか」を把握することが最優先です。

 

 

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長くなりましたので、無意識の思考過程を意識し、語彙とイメージを可能にした状態を目指すために読書は有効か?について、次回も述べたいと思います。