年末年始について
南相馬~浪江町にて
東北の施設巡りの最後は
どうしても行きたかったフクシマ
ちょうど常磐線が(やっと!)開通したということで
仙台から約1時間半
鈍行列車にがたごと揺られながら
行ってきました。
12月。遠くに見える山の上には
白いものが見えました。
原ノ町駅で降り
そこからはレンタカーで。
浪江町役場に
簡易の商店街がオープンしたとのことで
行ってみることにしました。
浪江町に近づくにつれ
町がひっそりとしてきます
開店しているお店は
ほんのわずか
こちらが役場
中に入ってみましたが
やはりひっそりとしています。
入口に貼ってあったのは
放射能の汚染分布図
じつはまだ
この役場も
「居住準備区域」なのです
役場の前には
「おかえりなさい」の文字
でも実際に戻ってこられているのは・・・
新しい看板がなんだかせつない。
役場のとなりに開店した
マルシェ
中に入ると
新しいお花と
「開店おめでとう」の文字
以前浪江で開業していらっしゃった方が
はいっているようで
お客さんから「よかったね」と
言葉をかけていただいていました。
役場の方に聞いてみると
海の近くまで行けるとのことだったので
(意外に海のほうが放射能低いらしいです)
車を走らせてみました。
行ってみて呆然
なんにもありません・・・
壊れた家もそのまんま
5年![]()
ほんとうに5年経ったの?
かつての
漁港を取り戻したいと
工事が続いています。
こちら側の海の向こうに
原発が・・・
帰り道
いけるところまで行ってみました
片側通行になった
あちらこちらで
「除染作業」がおこなわれていました。
(驚くほど軽装な作業員によって)
約3時間
町の中を走ってみましたが
子供にはひとりも
会いませんでした。
暗い気持ちのまま
南相馬へ戻り
目的地の
「南相馬ファクトリー」本部に
お邪魔しました
こちらはいくつかの作業所を運営されていて
トゥギャザーには
可愛い缶バッチや
ボールペンなどを納品していただいています。
震災以来のおつきあいです。
こちらで少し職員の中田さんに
お話を聞きました。
震災から5年が経ち
少しづつ
全国からの支援も少なくなってきているとのことです。
「健常者は逃げることが出来るけど
障害者は逃げられません。
よそへ行ってもなじめなくて
やむなく戻ってこられます。」とのこと
その上
ショックだったのは
全国からやってきた除染作業員の中に
障がいのある方がいて
その仕事をクビになった後
行く当てがない方がいらっしゃるとのこと。
「そういう方々にも
こちらの作業所にきていただいています」
と、おっしゃっていました。
その作業所のひとつ
「えんどう豆」にもお邪魔してきました
ログハウスのような
可愛い作業所です
中に入ると
ちょうど歌と踊りの練習をされていました
クリスマスにどちらかで発表されるとのことでした
みんな元気
げんき!
なんだかそれまでの気分が一新![]()
私もマイクを向けられて
一緒に歌って踊ってきました![]()
壁面も楽しく飾られています
さっきまでノリノリで踊っていたのが
お会いしたかった
「たきざわくるみ」さん
うしろの絵の作者です
この方をはじめ、たくさんのアーティストが
こちらにいらっしゃいました。
関西に伝わってこないものを
見て、聞いて
かなりショックを受けましたが
それでも
「前を向いていかなくっちゃ
」
そう
教えられた気がしました。
あのまちは
どうなるんだろう?
わたしに
なにができるだろう?
戻ってから
自問自答が続いています。
忘れてはいけません
あのひとたちのことを。
とりあえず
わたしが感じたことを
まわりのひとに
伝えよう、と思いました。
長い長いレポートになりました。
読んでくださった方、ありがとうございました。
まどんな




























