少し時間が経ってしまいましたが、先日書いた
「音楽の大切なお話し1」の続きです。
非常に音楽的なので、興味がない方はスルーしてください。
興味のある方は長いので、そのつもりでご覧ください。
またここだけをご覧になっても分からないかもしれません。
できれば前回の「音楽の大切なお話し1」をご覧いただいた
後、こちらをお読みください。
それでは少し復習として思い出してみましょう。
例として、ブルグミュラーの貴婦人の乗馬のこの部分。
「ソシドレミファソ、 レ、ミ、ド、シーレ」の段、4小節をどう弾けば
良いか。。。
前回は大きく2パターンでレッスンしたお話でした。
①おばあちゃん編…レッスン生Aさんのイメージ(このイメージは実験用)
②貴婦人編…私のイメージ
①のおばあちゃん編と②の貴婦人編の弾き方の違いは何?
大きくお話しするとその部分の前半2小節、
A「ソシドレミファソ」=①はほっこり、②は優雅に。
B「レ、ミ、ド、シーレ」=①は無視状態でシーンとした感じ。
②は怖がっている不安な様子。
①のほっこりと②の優雅はどう弾き違えるか。音にどう違えて表現するか。
テンポで言うとお年寄りと貴婦人だから、どちらも「おっとり」で、そんなに
急いだり激しくなくても良いかもしれません。
ただ設定年齢が違う。おばあちゃん=75歳。貴婦人20歳。
また日本人と外国人の違いもあります。これを音でどう違えるか。
この弾き違えは、ピアノでもフルートでもヴァイオリンでも同じです。
ここで弾いて音に出せないのが残念ですが、
おばあちゃんはまるいやさしいふんわりした音。
貴婦人は若いので少し鋭いけれど透明感のあるさわやかな音。
この音の創り方は強弱ではありません。弾き手のイメージや感情に
より変わりますが、違わなければなりません。
さらに最初のフォルテの大きさからのクレッシェンドの幅。
私の考えでは2回目の方を大きくしたいので、1回目を頑張りすぎず、
おばあちゃんより貴婦人の方が、クレッシェンドの幅が大きい方が
良いかなと思います。また勢いも貴婦人の方がある。
面白いのはその後です。その後の「レ、ミ、ド、シーレ」の所です。
①おばあちゃん編では、孫たちはおばあちゃんの呼びかけを無視。
シーンとした状態。(分かりにくい方は音楽の大切なお話し1をどうぞ)
②貴婦人編では「怖い=不安」を表します。
この①のシーン(無視で静か)と②の怖い、では感情が全く違います。
①は状態を表しているため感情がありません。しかし②の「怖い!」は
はっきりした感情です。
この時音として①では状態なのでメロディラインに強弱はあまりつけない。
②では「レ、ミ、ド」で不安が高まり、「シーレ」でちょっと不安が治まる。
最後は少しホッとするデイクレッシェンド。
つまり①は「レ、ミ、ド、シーレ」を1つととらえ、無感情的に強弱がなく、
一直線に弾き、②では「レ、ミ、ド、シーレ」を「レ、ミ、ド、」と「シーレ」の
2つととらえ、こちらは感情的でドに向かってクレッシェンド、
シーレでデクレッシェンドとなり(単純に強弱だけではないのですが)、
息を吐くように感じで治まります。
あなたも1度演奏してみてください。
①のおばあちゃんのパターンと②の貴婦人のパターン。
音でどう表現すれば良いでしょう。違って弾けるでしょうか。
フルートやヴァイオリンなら、メロディラインだけで表現してみて
下さい。さらにあなた独自のイメージでも演奏してみて下さい。
非常に細かいですが、演奏としてもこのようにイメージを持ち、
弾き手の感情をのせていく。楽譜に書いている事だけを音に再現して
いくのではなく、自分のイメージや感情、そこからわいてくるほしい音を
出すために練習する。決して間違えないためだけの練習でなく、です。
そして今日1番お話ししたかったことはここからです。。。
おばあちゃんのイメージも、私の貴婦人のイメージも、どこにも楽譜には
書かれていません。楽譜に書かれているのは、最低ラインの設計図だけ
です。色のついていないぬり絵と同じ。そこにあなたが色を付けます。
どんな色にしましょう。どんな音色にしましょう。
この想像が音楽を創り、さらに「脳」を育てます。
理数系の脳の持ち主には見えないものは「分からない」「信じない」と
いう方が多いですが、未来を考える事、より良い方に物事を改善する事、
思いやり、やさしさ、全て見えません。
そして真に理数系でも優れた科学者や研究者は「見えないもの」を
探して、日夜努力されています。今のこの「コロナ」も、100年前なら
見えないで「わからないもの」だったでしょう。
さらに音楽はそういう物を育て、なおかつ説明が難しいですが、
巨匠と呼ばれる演奏家や指揮者は、ジャンルに関わらず、
その思いを音にのせて飛ばし、聴衆に渡す才能がある、
言葉では説明できない感動や脳に直撃する「何か」を与えられるのです。
音楽療法で、認知症のおばあちゃんや、理屈の分からない幼児でも、
一緒にリズムを打てば「自然に笑いが起こる」、これは理屈ではない、
脳への直撃、刺激です。
「目に見えないもの」です。
今の世界、見えるものしか分からない人が多いです。耳を使う量が
減っています。
しかし「見えないもの」を教え、表現しているのが「音楽」だと思います。
目に見える音符だけを追うのではなく、音符に「思い」を付けた見えない
演奏者の思い。楽器の先生は「見えないもの」を生徒に教え、同時に
無意識でも脳や心を育て、心理学を楽譜にちりばめて関わっていく
必要があります。
これを読んでいる「あなた」が、ピアノの先生、楽器の先生または
演奏者なら、コロナが終わった後、音楽とどう携わっていきますか。
「見えないものを教える」「見えないものを演奏で伝える」事が、
コロナ禍の次の時代の音楽が発展する要素だと考えています。
ぜひ皆様も弾き違えをやってみて下さい。