「これは誰の課題なのか」という視点から、
自分の課題と他者の課題とを分離していく。
あらゆる対人関係のトラブルは、
他者の課題に土足で踏み込むこと
あるいは自分の課題に土足で踏み込まれること
これはアドラー心理の一部で、「嫌われる勇気」の
大変重要な一説です。
私も本当にそうだと思います。
「誰の課題か」。
つまり「誰に決定権があるか」、「誰が考えるべきことか」
だと思います。
例えば会社を辞める人がいて、その送別会を
するとします。会社が忙しくて幹事をする人がいなくて、
たまたま「あなた」が幹事をする羽目になったとします。
あなたは一生懸命送別会にふさわしいレストランを
探し予約を入れ、みんなに時間と場所、会費を
回覧したとします。
すると参加者希望者から、
1、そこは料理がまずい
2、駅から遠い
3、値段が高い
4、カラオケもできた方が良い
等のクレーム、あるいは要望がきたとします。
レストランにはもう予約を入れてしまっているし、
回覧も回して参加希望者も出ている。ましてや
違うレストランを探す時間も、心の余裕もない。
でも1、の「料理がまずいだけはゆずれない」と
一人の参加者がきかない。
さて皆さんならどうされるでしょう。
料理がまずい、は大きな欠点かもしれません。
でもあなたには次を探す余裕がない。
この時、送別会を運営するのは誰の課題なのか。
お店を決定するのは誰の課題なのか。
これは幹事でである「あなた」の課題です。
ひつこく自己主張する参加希望者、それなら
なぜその人が幹事にならなかったのか。
またあなたがレストランを決めるまでに、
いろいろな希望を言わなかったのか。
これは重要な問題です。
決定権は幹事である「あなた」にあります。
つまり威張りたいわけでも、わがままでもなく、
幹事として決定権はあなたにあるのです。
そのための幹事です。
そんなに希望=自己主張するのなら、参加希望の
お店に問題をつけた、その人が幹事になるべき
だったのです。
気に入らなければ会に参加しないか、
幹事をしていないのだからぐっとこらえて、
幹事の意見に従うべきだと思います。
また幹事の手間や努力、幹事を引き受けて
くれた心にも、敬意を注ぐべきです。
さらに料理がまずいとは、その文句をつけた
人だけに料理が合わなかったのかもしれません。
他の人は美味しいと感じるかもしれない。
注文や文句をつけるのは簡単。
権利を主張するのも簡単
でも自分の課題として処理をするの大変。
幹事としてその任務を受けないのなら、
協調性を持って幹事に従うべきだと思います。
みんなで協力し合ってうまく社会をつなぐなら、
ゆづり合い、相手を尊重すること。
また折り合いのつけるところで折り合う事。
これは非常に大事だと思います。
相手を尊重するという心が必要です。
自分の感情だけで意見が通らないと、
一気に白が黒に変わってしまう、こんな事が
多くなってきたため、クレーマーやモンスター
ペアレントが増えてしまっているのだと
思います。
「課題の分離」、本当に重要な人間としての
能力だと思います。
美輪さんのACジャパンのこの動画。
今の日本の状況を表していると思います。