ブルース・チャトウィン | 中村祐介 オフィシャルブログ 「中村祐介のユーマネーダイアリー」 Powered by Ameba

ブルース・チャトウィン

「サザビーズ」に就職し、美術鑑定士として8年間勤務後、作家になったブルース・チャトウィンは、『パタゴニア』や『ソングライン』などの名作を残し、1989年48歳で病死した。『どうして僕はこんなところに』(WHAT AM I DOING HERE)を僕が手にしたのは1999年。サイパンの旅に向かう前に書店でだ。その後、サイパンにこの本を持って行ったものの、結局読み終わらずに書棚に眠っていたのを、あらためて読み直した。

当時の僕は時間に興味があって、それも理系的なものではなく文系的な例えば、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『円環の廃墟』や、泉鏡花の『草迷宮』、エルンスト・ユンガーの『砂時計の書』、エンデの『モモ』や『はてしない物語』などを読みあさっていたころだったが、本書にはこのうち「砂時計の書」のエルンスト・ユンガーに、著者が会った話が書いてあり、そのシンクロに驚いた。人は一見無関係なもののようなものを手にとるが、実はそこには見えない何かがあって無数の中から選び取るのではないか、という思いがする。

コルセットを放棄した最初のドレスメーカー、マドレーヌ・ヴィオネや、アンドレ・マルロー、マリア・ライヘ、そして、『ヴォーグ』の編集長として名を馳せたダイアナ・ヴリーランド……。彼ら彼女らの生の声が、チャトウィンの淡々とした語り口で記されていく。

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 自分以外のクチュリエは、敵か味方か、無関心の淵に葬られる者かに分けられる。バレンシアガのことは懐かしく思っている。「友人だったわ……本当のね!」クリスチャン・ディオールとなると口を濁した。「素敵な名前の人だけど、付き合いはなかったの」シャネルについては、昔さぞ苦々しい思いをさせられたに違いない。こんな調子だった。「センスのある人だった……そうね、それは認めなきゃならないわ。でも帽子屋でしょ。つまりね、あの人がわかっていたのは、帽子くらいだってことよ!」
 私は別れ際に、カメラマンが来るのは迷惑ではないかと心配して尋ねた。
「迷惑だなんてとんでもない。喜んでお会いするわ。ただし、私の頭の中は撮れないわよ……!」
                           一九七三年
---                    「マドレーヌ・ヴィオネ」

そして、先日書いた「人間ほど動き回る哺乳動物はいないのような話も。

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 南アフリカの古生物学者エリザベス・ヴルバ博士は私に語った。「人類は逆境の中で生まれたのです。逆境というのは、この場合、乾燥のことです」ホモ・サピエンスへの進化は、約二百六十万年前、北半球に氷河期が到来した後に、たった一度、アフリカ南部で起こった。このとき北極は氷結し、海水面は下がり、地中海は塩湖となり、南アフリカの混合林は、灌木の点在する開けたサバンナと化した。
 ホモ・サピエンスは各地を移動した。周期的な長旅の合間に定住の時期があった。四旬節にも似た「欠乏の時」だった。
 ホモ・サピエンスの男は狩りをし、女は木の実や小さな獲物をとった。だが彼らの旅の目的は近くや遠くの仲間との交流にあった。
---    「ジョージ・オーティス オリヴィエの二十一歳の誕生日に」

1999年当時の僕は23歳で、神秘的なものや霊的なものに興味があり、こうした話のほとんどが心に残っていなかったがいま読み返すと沁みるものがある。そして、後半のページに23歳の僕が書いたメモが見つかった。それは本の内容とは関係なく、サイパンのアクアリゾートホテルのディナーで100ドルも取られたことに対するうらみつらみだった。

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