若者が語る/若者と語る戦争と平和 第3回
若者が語る/若者と語る戦争と平和・第3回
「3.11以後の社会運動の可能性」
講師の原さんは、大学院で研究をするかたわら、社会運動に積極的にかかわっています。
『原発を止める人々』(小熊英二編著、文藝春秋、2013)に「デモ現場で聞いた警官の声」という文章を寄稿しています。
講 師:原 民樹さん(一橋大学大学院社会学研究科博士課程院生)
日 時: 12月20日(土) 14:30-17:00
会 場: 文京区民センター 3D会議室
03-3814-6731
都営三田線 春日 A2出口 徒歩 2分
東京メトロ丸の内線 後楽園 4b出口 徒歩 5分
http://www.cadu-jp.org/notice/bunkyo_city-hall.htm
司 会: 君島東彦(立命館大学教授、NPJ共同代表)
主 催: 非暴力平和隊・日本(NPJ)
080-6747-4157
office@np-japan.org http://np-japan.org/
参加費: 無 料
シンポジウム「平和運動をつくりなおす──脱原発デモからどこへ?」9月20日
若者が語る/若者と語る戦争と平和・第2回
「平和運動をつくりなおす──脱原発デモからどこへ?」
今回は社会運動論を専門にしている田村あずみさんが語ります。田村さんは3.11以後の脱原発デモの参加者へのインタビューから、日本の若い世代の新しい社会運動のかたち・方向性をさぐろうとしています。今回もまた活発な議論ができると思います。ぜひご参加ください。
日時:9月20日(土)14:30-17:00
会場:文京区民センター 3-D会議室
03-3814-6731
都営三田線 春日 A2出口 徒歩 2分
東京メトロ丸の内線 後楽園 4b出口 徒歩 5分
http://www.cadu-jp.org/notice/bunkyo_city-hall.htm
報告:田村あずみ(英国ブラッドフォード大学大学院博士課程院生)
司会:君島東彦(立命館大学)
主催:非暴力平和隊・日本
080-6747-4157
office@np-japan.org
入場無料
「平和運動をつくりなおす──脱原発デモからどこへ?」
今回は社会運動論を専門にしている田村あずみさんが語ります。田村さんは3.11以後の脱原発デモの参加者へのインタビューから、日本の若い世代の新しい社会運動のかたち・方向性をさぐろうとしています。今回もまた活発な議論ができると思います。ぜひご参加ください。
日時:9月20日(土)14:30-17:00
会場:文京区民センター 3-D会議室
03-3814-6731
都営三田線 春日 A2出口 徒歩 2分
東京メトロ丸の内線 後楽園 4b出口 徒歩 5分
http://www.cadu-jp.org/notice/bunkyo_city-hall.htm
報告:田村あずみ(英国ブラッドフォード大学大学院博士課程院生)
司会:君島東彦(立命館大学)
主催:非暴力平和隊・日本
080-6747-4157
office@np-japan.org
入場無料
「日本の平和・安全保障政策の転換点に立って」 NPJ共同代表・君島東彦
【ニュースレター 51号巻頭言 2014年6月10日 】
日本の平和・安全保障政策の転換点に立って
─日本国民の「人類史的役回り」について─
君島東彦(NPJ共同代表)
安保法制懇の報告書が提出された。憲法9条が許容する自衛隊の活動範囲、「自衛のための必要最小限度の実力の行使」の範囲に集団的自衛権行使が含まれる、とする憲法解釈の変更を提言するものである。このような政策提言の背後には、2つの要因があると思われる。1つは、日本の集団的自衛権行使を可能にすることによって、日米同盟において、米国とより対等になろうとする動きであり、もう1つは、中国の軍事大国化に対抗しようとする動きである。
憲法9条解釈の変更の動きは、昨年来の特定秘密保護法制定、国家安全保障戦略・新防衛大綱・中期防の策定、日本版NSC設置、武器輸出三原則の変更等とセットになっている。これらによって日本が世界に発するメッセージは、自制的だった日本の軍事的側面を69年ぶりに拡大するという決意、日本は国際社会で軍事的役割を積極的に果たしていくという決意である。これが安倍首相のいう「積極的平和主義」である。
日本政府の憲法9条解釈は、戦後日本国家の存立基盤、倫理的正統性を体現してきた日本国憲法9条と、国家安全保障の必要性とをギリギリのバランスで両立させようとしたものである。報告書は、日本政府の憲法9条解釈を根本的に変更して、自衛隊の武力行使に対するさまざまな制約を取り払おうとするもので、これを解釈変更で行なうことは健全な法解釈の範囲を超えていると思う。もしこのような転換が必要であると考えるならば、憲法改正の手続を踏んで、国会議員、国民の討議と判断を求めなければならないだろう。
戦後日本は経済大国になりながら、軍事大国にならない道を歩んできた。ここに戦後日本に対する世界の人々からの積極的な評価があり、また戦後日本の貴重なチャレンジがある。たしかに、東アジア、西太平洋において、中国の軍事大国化路線は顕著である。しかし、中国の軍事大国化路線と日本の軍事大国化路線がぶつかり合うのはあまりにも危険な世界である。
今回の一連の政策変更の先には、日本の軍事大国化に伴うさまざまなコストの負担が待ち受けていると思う。現在の規模の自衛隊でやっていけるのかどうか、防衛費の増額に財政が耐えられるのかどうか、さらには、自衛隊員が「戦地」から帰還したあと、トラウマに耐えられるのかどうか。自衛隊員の将来は、オリバー・ストーンのベトナム戦争映画「プラトーン」「7月4日に生まれて」が描くような過酷な世界である。「治安のよい、安全な日本社会」がこれからも維持されるかどうか。軍事大国化は、社会の暴力化を招くおそれがある。
必要なのは、中国の軍事大国化路線に対抗して、日本の軍事大国化路線を追求することではなくて、双方の軍事大国化路線をやめさせることである。困難な道ではあるが、軍事大国化は中国の民衆にも日本の民衆にもプラスにならないということを訴えていくことが必要である。わたし自身、そのような努力をする覚悟である。そのささやかな努力の1つとして、この11月に立命館大学の学生と中国・上海の復旦大学の学生との第3回目の平和対話を予定している。日中の学生対話は日中間の信頼醸成の1つであり、このような対話を100回でも200回でも行なう必要がある。
日本国憲法9条は日本の最高法規であるが、同時に、「武力依存を極小化して平和をつくる」という憲法9条の思想は、武力によらずに平和をつくる努力をしている世界の平和NGOの活動と共鳴している。日本国憲法の平和主義と世界の紛争地で活動するNGOとは「エールの交換」をしてきたのである。
非暴力平和隊は、いま南スーダンで活動している。これはまさに「憲法9条の実践」といえる。日本国憲法9条は、武力によらずに平和をつくる努力をしている世界の人々とともにあるのである。そういう意味では、9条は人類の挑戦であるともいえる。日本が軍事大国をめざすことによって、9条の挑戦を放棄してしまっていいのだろうか。
もし必要最小限度の集団的自衛権行使は憲法9条に違反しないと政府解釈が変更され
たら、憲法9条はなきに等しいものになってしまうのだろうか。わたしはそうは思わない。憲法9条は依然として生きている。日本国憲法の中に軍事の概念はない。憲法9条があるかぎり、自衛隊は完全な軍隊にはなりえない。それが政府解釈である。また、憲法9条があるかぎり、政府は自衛隊の行動が憲法9条に違反しないことを説明する責任あるいは挙証責任を負っているのであり、政府に説明責任・挙証責任を負わせる規定としての憲法9条の意義が減じることはない。憲法9条を改正しなければ、日本の軍事大国への復帰は完成しないであろう。
我々の課題は、東アジアおよび世界で、軍事力のバランス、軍事力の抑止力──場合によっては軍事力の行使──によって「平和」を維持しようとする思考法・政策を変えることである。これは巨大な、超長期にわたる課題であるが、この方向性をあきらめることはできない。それが平和研究に携わるものの倫理であり、日本国憲法の平和主義を最高法規としてもった日本国民の「人類史的役回り」ではないだろうか。
日本の平和・安全保障政策の転換点に立って
─日本国民の「人類史的役回り」について─
君島東彦(NPJ共同代表)
安保法制懇の報告書が提出された。憲法9条が許容する自衛隊の活動範囲、「自衛のための必要最小限度の実力の行使」の範囲に集団的自衛権行使が含まれる、とする憲法解釈の変更を提言するものである。このような政策提言の背後には、2つの要因があると思われる。1つは、日本の集団的自衛権行使を可能にすることによって、日米同盟において、米国とより対等になろうとする動きであり、もう1つは、中国の軍事大国化に対抗しようとする動きである。
憲法9条解釈の変更の動きは、昨年来の特定秘密保護法制定、国家安全保障戦略・新防衛大綱・中期防の策定、日本版NSC設置、武器輸出三原則の変更等とセットになっている。これらによって日本が世界に発するメッセージは、自制的だった日本の軍事的側面を69年ぶりに拡大するという決意、日本は国際社会で軍事的役割を積極的に果たしていくという決意である。これが安倍首相のいう「積極的平和主義」である。
日本政府の憲法9条解釈は、戦後日本国家の存立基盤、倫理的正統性を体現してきた日本国憲法9条と、国家安全保障の必要性とをギリギリのバランスで両立させようとしたものである。報告書は、日本政府の憲法9条解釈を根本的に変更して、自衛隊の武力行使に対するさまざまな制約を取り払おうとするもので、これを解釈変更で行なうことは健全な法解釈の範囲を超えていると思う。もしこのような転換が必要であると考えるならば、憲法改正の手続を踏んで、国会議員、国民の討議と判断を求めなければならないだろう。
戦後日本は経済大国になりながら、軍事大国にならない道を歩んできた。ここに戦後日本に対する世界の人々からの積極的な評価があり、また戦後日本の貴重なチャレンジがある。たしかに、東アジア、西太平洋において、中国の軍事大国化路線は顕著である。しかし、中国の軍事大国化路線と日本の軍事大国化路線がぶつかり合うのはあまりにも危険な世界である。
今回の一連の政策変更の先には、日本の軍事大国化に伴うさまざまなコストの負担が待ち受けていると思う。現在の規模の自衛隊でやっていけるのかどうか、防衛費の増額に財政が耐えられるのかどうか、さらには、自衛隊員が「戦地」から帰還したあと、トラウマに耐えられるのかどうか。自衛隊員の将来は、オリバー・ストーンのベトナム戦争映画「プラトーン」「7月4日に生まれて」が描くような過酷な世界である。「治安のよい、安全な日本社会」がこれからも維持されるかどうか。軍事大国化は、社会の暴力化を招くおそれがある。
必要なのは、中国の軍事大国化路線に対抗して、日本の軍事大国化路線を追求することではなくて、双方の軍事大国化路線をやめさせることである。困難な道ではあるが、軍事大国化は中国の民衆にも日本の民衆にもプラスにならないということを訴えていくことが必要である。わたし自身、そのような努力をする覚悟である。そのささやかな努力の1つとして、この11月に立命館大学の学生と中国・上海の復旦大学の学生との第3回目の平和対話を予定している。日中の学生対話は日中間の信頼醸成の1つであり、このような対話を100回でも200回でも行なう必要がある。
日本国憲法9条は日本の最高法規であるが、同時に、「武力依存を極小化して平和をつくる」という憲法9条の思想は、武力によらずに平和をつくる努力をしている世界の平和NGOの活動と共鳴している。日本国憲法の平和主義と世界の紛争地で活動するNGOとは「エールの交換」をしてきたのである。
非暴力平和隊は、いま南スーダンで活動している。これはまさに「憲法9条の実践」といえる。日本国憲法9条は、武力によらずに平和をつくる努力をしている世界の人々とともにあるのである。そういう意味では、9条は人類の挑戦であるともいえる。日本が軍事大国をめざすことによって、9条の挑戦を放棄してしまっていいのだろうか。
もし必要最小限度の集団的自衛権行使は憲法9条に違反しないと政府解釈が変更され
たら、憲法9条はなきに等しいものになってしまうのだろうか。わたしはそうは思わない。憲法9条は依然として生きている。日本国憲法の中に軍事の概念はない。憲法9条があるかぎり、自衛隊は完全な軍隊にはなりえない。それが政府解釈である。また、憲法9条があるかぎり、政府は自衛隊の行動が憲法9条に違反しないことを説明する責任あるいは挙証責任を負っているのであり、政府に説明責任・挙証責任を負わせる規定としての憲法9条の意義が減じることはない。憲法9条を改正しなければ、日本の軍事大国への復帰は完成しないであろう。
我々の課題は、東アジアおよび世界で、軍事力のバランス、軍事力の抑止力──場合によっては軍事力の行使──によって「平和」を維持しようとする思考法・政策を変えることである。これは巨大な、超長期にわたる課題であるが、この方向性をあきらめることはできない。それが平和研究に携わるものの倫理であり、日本国憲法の平和主義を最高法規としてもった日本国民の「人類史的役回り」ではないだろうか。
マハトマ・ガンディー殉難日の集い 1月30日
マハトマ・ガンディー殉難日の集い
「ただ一人のサティヤーグラヒーが、最後まで耐えるならば
勝利は絶対に確実である」(マハトマ・ガンディー)
[いつ] 日時 2014年1月30日 午後1時30分~3時30分
[場所] 日印サルボダヤ交友会講堂(日本山妙法寺内)
千代田区九段北3-2-23
TEL 03-3262-4721
JR・地下鉄有楽町線市ヶ谷駅より徒歩7分、靖国神社裏
[詳細] アーシュラムの祈り
インド大使ご挨拶
記念講演・「インドにおけるガンディー主義の展開」
石坂晋也京都大学大学院客員准教授
入場無料
[主催] 社団法人 日印サルボダヤ交友会
米国TV番組でNP紹介
NP南スーダンプロジェクトやNP国際事務局でのインターン経験のある岡田二朗氏(アメリカン大学修士課程)からの報告です。
===============
CBS(米国最大の放送局)のテレビ番組で、NPが紹介されていました。以下のウェブサイトで映像を見ることができます(英語)。
http://minnesota.cbslocal.com/2013/12/25/this-nonprofit-is-really-working-to-bring-peace-on-earth/
ニュースキャスターとメルさんの話の中に非武装の文民主導型平和維持についての非常に重要な点が現れていましたので、いくつか日本語で付記します。
以下の4点:
1. NPの目的(Primary Aim)に関して
2. Peacekeeperたちに関して
3. 現場での平和維持に関して
4. 世界でのUnarmed Civilian Peacekeepingの位置づけに関して
*1. NPの目的(Primary Aim)に関して*
(1) Protecting civilians & Preventing violence
意外と忘れがちなのですが、NPがまず護ろうとしているのは紛争地における「*民間人 (Civilian)*」です。
現代の紛争影響地における暴力の方向については
1) 戦闘員→戦闘員
2) 戦闘員→民間人
3) 民間人→民間人
などが考えられますが、NPは主に2つ目3つ目が専門です。言い換えますと、戦場における戦闘員どうしの間の暴力に割って入るようなことは専門外と言えます。また、戦闘員どうしの暴力については、当事者たちは互いにそれらを正当化しようと試みます。ですが民間人に対する暴力は根本的には非難されるべきものとして残ります。
*2. Peacekeeperたちに関して*
(1) Trained unarmed civilian peacekeepers
(2) Discipline
これら「Trained(訓練された)/Disciplined(規律のある)」は平和維持要員としての非常に重要な特性です。みんなが勝手にバラバラな行動をするとあまりにも脆いのが「非暴力」の行動主体とも言えると思います。
「非暴力的行動」は目的別に大きく分けて3種類、さらにその中の「非暴力的介入」にも大きく分けて9種類もの分類があると言われますが、NPの行っているような「Unarmed
Civilian Peacekeeping (非武装の文民主導型平和維持)」には特にこの「Trained &
Disciplined」が大きく要求されます。
ちなみに少し話がそれますが、ある研究者は多くの人々が「非暴力」といってなにもかも一緒のごちゃまぜにしてしまうのが非常によくない傾向だと言っていました。(例:特定の政治体制に反対する抗議行動などは根本的にNPなどの行う平和維持とは目的が違うと言えます。前者は相手に対して積極的に[暴力を用いない]紛争を起こします。後者は紛争地の民間人を護るのが第一義なので、必ずしも紛争をおこす必要はなく['コンフリクト'の状況下の'暴力'を予防するため]、手段も異なります。)
このため「非暴力平和」という言葉ももう少し敏感なものかと思いました(ex. 誰が、誰/何を、何から、いかに護るのかetc.)。
*3. フィールドでの重要な点について*
(1) "We work with all sides of conflicts"
NP単体で現地の民間人及び自分たちの安全を保障するのは難しいです。さまざまな関係性を紡いでいく作業のない限りほぼ不可能とも言えます。「紛争地の民間人のいのちを護る」ということを第一義に考えると、時には政府関係者・現地市民社会・警察・軍事主体・その他国際機関などと関係を常にたもつことが要求されます。
また、現代の紛争では(メアリー・カルドー『*新戦争論』等をご参考に)「戦闘員」と言われる人たちにも地元には民間人の奥さんや子どもや家族がいたりするのは当たり前です。戦闘員たちが留守の間にそのような家族が敵対する当事者からの被害に遭うことはとても多く、NPの特化するような民間人の保護のしごとは彼らから歓迎されることも多くあります。
(*ちなみに例えば現在の南スーダンでの武力紛争などを、第二次世界大戦時のような「常識」で捉えようとするとNPの平和維持活動はほとんど理解し難いかと思われます。また「民族/宗教の違いで殺し合っている原始的な人々」のような捉え方をする人も先進国には多いようですがそれもまたとんでもないお話です)
(2) "Through active and discipline nonviolence"
この「Active(アクティブ)」な非暴力というのはとてつもなく重要です。「非暴力」という言葉を使ったときに最もよく受ける誤解に「何もしない/ただ殴られ続ける」というものがあります。これはとんでもない誤解で、NPは「現地に行って両手を挙げて何もしないで立っている」訳では全くなく、(ジーン・シャープの言葉を借りると)「暴力を用いない形で行動(アクション)を取っている」のです。
(3) "Determine what nonviolent strategy to use"
ですのでその地その地において「what nonviolent strategy to
use(どのような戦略を使うか)」を決めていくことも重要な点であると言えます。つまりただおもむろに「非暴力だ!暴力反対だ!」という訳ではもちろんなく、さらにその手段も極めて多様なものであるということ、その地その地の背景を鑑みる必要があるということでしょう。
*4. 世界でのUnarmed Civilian Peacekeepingの位置づけに関して*
(1) "Most of the money comes from UN, governments..."
欧米の強力なNGO・市民社会組織を見ていると気付くことがあります。私たちはついついそれらの組織について「市民に寄付をつのり、それを資金にして現地に何か提供する」という見方をしがちです。もちろんこの一面も市民社会に根を下ろす組織として非情に重要なものです。
しかし、欧米基盤の強力なNGO・市民社会組織は決してそれだけに留まりません。NPもそのひとつと言えます。彼らは市民からの資金ももちろんのこと常に基盤にはします。しかし、それらを基盤に彼らがさらに着手するのは、資金力など大きな力を持った「大国の政治を動かす」ということかと思われます。
例えば2011年度の報告書にもNPの収入は70%以上が政府系の資金と出ています。僕がNPブリュッセル本部にいた頃も、フィールドプロジェクトは基本的にいくつもの政府や国連機関(UNDP, UNICEF, UNHCR, UN Women, etc.)や欧州連合(EU)などの強力な資金で施行されていました。
このプロセスとしては、まずそれらの政府機関などが(自分たちではまかないきれない)しごとをやってくれる組織を公募します。そこにNP等が詳細な計画書を提出し、採択された際には費用が渡されます。
これは即ち、政府機関による「寄付」というよりも彼らと「共同」で働くことを意味します。そして市民社会組織(ここではNP)ももちろん彼らの意志を持って計画を提出しています。そして立場として「NGO(非政府的組織)」なので政府からは独立しています。これらを考えると、NPは自分たちの意志を持って大国の政治を大きく「Unarmed Civilian Peacekeeping」という潮流に巻き込んでいっていると言えます。NGOというのは決して必ずしも「反政府」組織ではありません。自分たちの独立した意志を持ちながら、市民と大きく強力し、そして力強く時には政府をも巻き込んで市民社会のため働くのがNGOです。
しかしながら、このような立場はNGOにとっても決してバランスを取りきるのが容易ではありません。市民社会側(この場合NPJなど)からも「建設的に」はたらきかける必要は常にあると思います。
(2) "Peacekeepers come from 40 different countries and are paid..."
先日いろいろな非武装の文民主導型平和維持に関する世界中の試みを調べていましたが、やはり多くは欧米主体の組織や短期的プロジェクトでした。それらの存在自体は素晴らしいことです。しかし、地球丸一つ分で世界を見るとやはり欧米社会というのはそのほんの小さな一部にすぎません。
そのうえでこの「Paid(給料の払われる)」というしくみはひとつ重要であると思われます。広く世界規模でこの種の平和維持活動が行われるということ(現地の社会にとっても山のように欧米マナーの人々が流れ込んで来るのには抵抗もあります。日本でいう「外人さん」が自分たちのためとはいえどさどさ来るわけです)、そして平和維持に貢献したい人々にとっても重要です。私たちはつい「海外ボランティア」とこれらを見がちですが、れっきとした一つの職業として考えるべきなのではと考えます(日本的の伝統的な雇用の見方とは異なるでしょうが)。この点が弱かったためになくなってしまったり縮小していった非武装の文民主導型平和維持はかなりたくさん見受けられます。
以上です。
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CBS(米国最大の放送局)のテレビ番組で、NPが紹介されていました。以下のウェブサイトで映像を見ることができます(英語)。
http://minnesota.cbslocal.com/2013/12/25/this-nonprofit-is-really-working-to-bring-peace-on-earth/
ニュースキャスターとメルさんの話の中に非武装の文民主導型平和維持についての非常に重要な点が現れていましたので、いくつか日本語で付記します。
以下の4点:
1. NPの目的(Primary Aim)に関して
2. Peacekeeperたちに関して
3. 現場での平和維持に関して
4. 世界でのUnarmed Civilian Peacekeepingの位置づけに関して
*1. NPの目的(Primary Aim)に関して*
(1) Protecting civilians & Preventing violence
意外と忘れがちなのですが、NPがまず護ろうとしているのは紛争地における「*民間人 (Civilian)*」です。
現代の紛争影響地における暴力の方向については
1) 戦闘員→戦闘員
2) 戦闘員→民間人
3) 民間人→民間人
などが考えられますが、NPは主に2つ目3つ目が専門です。言い換えますと、戦場における戦闘員どうしの間の暴力に割って入るようなことは専門外と言えます。また、戦闘員どうしの暴力については、当事者たちは互いにそれらを正当化しようと試みます。ですが民間人に対する暴力は根本的には非難されるべきものとして残ります。
*2. Peacekeeperたちに関して*
(1) Trained unarmed civilian peacekeepers
(2) Discipline
これら「Trained(訓練された)/Disciplined(規律のある)」は平和維持要員としての非常に重要な特性です。みんなが勝手にバラバラな行動をするとあまりにも脆いのが「非暴力」の行動主体とも言えると思います。
「非暴力的行動」は目的別に大きく分けて3種類、さらにその中の「非暴力的介入」にも大きく分けて9種類もの分類があると言われますが、NPの行っているような「Unarmed
Civilian Peacekeeping (非武装の文民主導型平和維持)」には特にこの「Trained &
Disciplined」が大きく要求されます。
ちなみに少し話がそれますが、ある研究者は多くの人々が「非暴力」といってなにもかも一緒のごちゃまぜにしてしまうのが非常によくない傾向だと言っていました。(例:特定の政治体制に反対する抗議行動などは根本的にNPなどの行う平和維持とは目的が違うと言えます。前者は相手に対して積極的に[暴力を用いない]紛争を起こします。後者は紛争地の民間人を護るのが第一義なので、必ずしも紛争をおこす必要はなく['コンフリクト'の状況下の'暴力'を予防するため]、手段も異なります。)
このため「非暴力平和」という言葉ももう少し敏感なものかと思いました(ex. 誰が、誰/何を、何から、いかに護るのかetc.)。
*3. フィールドでの重要な点について*
(1) "We work with all sides of conflicts"
NP単体で現地の民間人及び自分たちの安全を保障するのは難しいです。さまざまな関係性を紡いでいく作業のない限りほぼ不可能とも言えます。「紛争地の民間人のいのちを護る」ということを第一義に考えると、時には政府関係者・現地市民社会・警察・軍事主体・その他国際機関などと関係を常にたもつことが要求されます。
また、現代の紛争では(メアリー・カルドー『*新戦争論』等をご参考に)「戦闘員」と言われる人たちにも地元には民間人の奥さんや子どもや家族がいたりするのは当たり前です。戦闘員たちが留守の間にそのような家族が敵対する当事者からの被害に遭うことはとても多く、NPの特化するような民間人の保護のしごとは彼らから歓迎されることも多くあります。
(*ちなみに例えば現在の南スーダンでの武力紛争などを、第二次世界大戦時のような「常識」で捉えようとするとNPの平和維持活動はほとんど理解し難いかと思われます。また「民族/宗教の違いで殺し合っている原始的な人々」のような捉え方をする人も先進国には多いようですがそれもまたとんでもないお話です)
(2) "Through active and discipline nonviolence"
この「Active(アクティブ)」な非暴力というのはとてつもなく重要です。「非暴力」という言葉を使ったときに最もよく受ける誤解に「何もしない/ただ殴られ続ける」というものがあります。これはとんでもない誤解で、NPは「現地に行って両手を挙げて何もしないで立っている」訳では全くなく、(ジーン・シャープの言葉を借りると)「暴力を用いない形で行動(アクション)を取っている」のです。
(3) "Determine what nonviolent strategy to use"
ですのでその地その地において「what nonviolent strategy to
use(どのような戦略を使うか)」を決めていくことも重要な点であると言えます。つまりただおもむろに「非暴力だ!暴力反対だ!」という訳ではもちろんなく、さらにその手段も極めて多様なものであるということ、その地その地の背景を鑑みる必要があるということでしょう。
*4. 世界でのUnarmed Civilian Peacekeepingの位置づけに関して*
(1) "Most of the money comes from UN, governments..."
欧米の強力なNGO・市民社会組織を見ていると気付くことがあります。私たちはついついそれらの組織について「市民に寄付をつのり、それを資金にして現地に何か提供する」という見方をしがちです。もちろんこの一面も市民社会に根を下ろす組織として非情に重要なものです。
しかし、欧米基盤の強力なNGO・市民社会組織は決してそれだけに留まりません。NPもそのひとつと言えます。彼らは市民からの資金ももちろんのこと常に基盤にはします。しかし、それらを基盤に彼らがさらに着手するのは、資金力など大きな力を持った「大国の政治を動かす」ということかと思われます。
例えば2011年度の報告書にもNPの収入は70%以上が政府系の資金と出ています。僕がNPブリュッセル本部にいた頃も、フィールドプロジェクトは基本的にいくつもの政府や国連機関(UNDP, UNICEF, UNHCR, UN Women, etc.)や欧州連合(EU)などの強力な資金で施行されていました。
このプロセスとしては、まずそれらの政府機関などが(自分たちではまかないきれない)しごとをやってくれる組織を公募します。そこにNP等が詳細な計画書を提出し、採択された際には費用が渡されます。
これは即ち、政府機関による「寄付」というよりも彼らと「共同」で働くことを意味します。そして市民社会組織(ここではNP)ももちろん彼らの意志を持って計画を提出しています。そして立場として「NGO(非政府的組織)」なので政府からは独立しています。これらを考えると、NPは自分たちの意志を持って大国の政治を大きく「Unarmed Civilian Peacekeeping」という潮流に巻き込んでいっていると言えます。NGOというのは決して必ずしも「反政府」組織ではありません。自分たちの独立した意志を持ちながら、市民と大きく強力し、そして力強く時には政府をも巻き込んで市民社会のため働くのがNGOです。
しかしながら、このような立場はNGOにとっても決してバランスを取りきるのが容易ではありません。市民社会側(この場合NPJなど)からも「建設的に」はたらきかける必要は常にあると思います。
(2) "Peacekeepers come from 40 different countries and are paid..."
先日いろいろな非武装の文民主導型平和維持に関する世界中の試みを調べていましたが、やはり多くは欧米主体の組織や短期的プロジェクトでした。それらの存在自体は素晴らしいことです。しかし、地球丸一つ分で世界を見るとやはり欧米社会というのはそのほんの小さな一部にすぎません。
そのうえでこの「Paid(給料の払われる)」というしくみはひとつ重要であると思われます。広く世界規模でこの種の平和維持活動が行われるということ(現地の社会にとっても山のように欧米マナーの人々が流れ込んで来るのには抵抗もあります。日本でいう「外人さん」が自分たちのためとはいえどさどさ来るわけです)、そして平和維持に貢献したい人々にとっても重要です。私たちはつい「海外ボランティア」とこれらを見がちですが、れっきとした一つの職業として考えるべきなのではと考えます(日本的の伝統的な雇用の見方とは異なるでしょうが)。この点が弱かったためになくなってしまったり縮小していった非武装の文民主導型平和維持はかなりたくさん見受けられます。
以上です。
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記事 「シリアで非武装の平和維持活動は可能か?」
Waging Nonviolence というウェブサイトに
「シリアで非武装の平和維持活動は可能か?南スーダンでは可能だった」
という記事が掲載されました。
非暴力平和隊に対するインタビュー記事です。
http://wagingnonviolence.org/
http://bit.ly/16TiALv
Can unarmed peacekeeping work in Syria? It has in South Sudan
Stephanie Van Hook
October 31, 2013
「シリアで非武装の平和維持活動は可能か?南スーダンでは可能だった」
という記事が掲載されました。
非暴力平和隊に対するインタビュー記事です。
http://wagingnonviolence.org/
http://bit.ly/16TiALv
Can unarmed peacekeeping work in Syria? It has in South Sudan
Stephanie Van Hook
October 31, 2013
沖縄・高江 監視活動報告会 10月28日
10月21~23日にかけてNPJ理事の安藤博・大畑豊の二人が沖縄・高江での座り込み・監視活動に参加
してきました。現地の様子を報告いたします。ぜひご参加ください。
期 日: 10月28日(月)18:30~20:00
場 所: NPJ事務所
東京都千代田区神田淡路町1-21-7 静和ビル1階A室
TEL: 080-6747-4157
http://np-japan.org/etc/map.htm
参加費: 無料
問合せ: 非暴力平和隊・日本(大畑)
office@np-japan.org
080-6747-4157
「観て考える非暴力」: 「赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々―」 9月24日
今年は田中正造没後100年ということで各地で関連イベントが行なわれています。
近代日本の公害の原点といわれる足尾鉱毒事件に民衆とともに政府に訴えかけ、
最後には国会議員を辞し、廃村とされる谷中村に移り住みました。
また侵略戦争へひた走る政府に対しては、「陸海軍を全廃し軍事費を教育に使え」
と訴え続けました。
田中正造の原点にあった自由民権思想とその行動力はどのように育まれたのか。
正造の生きざまに学びたいと思います。
http://www.sekihin.net/
> 「赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々―」
> ドキュメンタリー映画「赤貧洗うがごとき」製作委員会
> 「真の文明は山を荒らさず川を荒らさず村を破らず人を殺さざるべし」
> 足尾鉱毒事件に立ち向かいつつ、人権や地方自治の確立、憲法九条に連なる非
> 戦論を展開し、水没される谷中村に根を張って命の限り闘い続けた田中正造。
> 正造と共に闘い支援し続けた沢山の人々との人間模様など、ドキュメントゆえ
> の迫真性をもって見る人に感動と明日への勇気を与える
期 日: 9月24日(火)18:30~20:30
場 所: NPJ事務所
東京都千代田区神田淡路町1-21-7 静和ビル1階A室
TEL: 080-6747-4157
http://np-japan.org/etc/map.htm
参加費: 300円
問合せ: 非暴力平和隊・日本(大畑)
office@np-japan.org
080-6747-4157
近代日本の公害の原点といわれる足尾鉱毒事件に民衆とともに政府に訴えかけ、
最後には国会議員を辞し、廃村とされる谷中村に移り住みました。
また侵略戦争へひた走る政府に対しては、「陸海軍を全廃し軍事費を教育に使え」
と訴え続けました。
田中正造の原点にあった自由民権思想とその行動力はどのように育まれたのか。
正造の生きざまに学びたいと思います。
http://www.sekihin.net/
> 「赤貧洗うがごとき―田中正造と野に叫ぶ人々―」
> ドキュメンタリー映画「赤貧洗うがごとき」製作委員会
> 「真の文明は山を荒らさず川を荒らさず村を破らず人を殺さざるべし」
> 足尾鉱毒事件に立ち向かいつつ、人権や地方自治の確立、憲法九条に連なる非
> 戦論を展開し、水没される谷中村に根を張って命の限り闘い続けた田中正造。
> 正造と共に闘い支援し続けた沢山の人々との人間模様など、ドキュメントゆえ
> の迫真性をもって見る人に感動と明日への勇気を与える
期 日: 9月24日(火)18:30~20:30
場 所: NPJ事務所
東京都千代田区神田淡路町1-21-7 静和ビル1階A室
TEL: 080-6747-4157
http://np-japan.org/etc/map.htm
参加費: 300円
問合せ: 非暴力平和隊・日本(大畑)
office@np-japan.org
080-6747-4157
「観て考える非暴力」: 沖縄戦 未来への証言 7月29日
1フィート運動の会 元事務局長の中村文子さんが6月27日に逝去されました。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-208703-storytopic-1.html
> 平和希求の生涯 中村文子さん死去 2013年6月28日
1フィート運動は映像を通して子どもたちに沖縄戦を伝えようする運動で、沖縄
戦の映像は米側にしかなかったので、一人1フィート分のカンパを募って米国立
公文書館からフィルムを購入する運動でした。役目を終えたとして今年3月に解
散しました。
今回は1フィート運動の会制作の「沖縄戦 未来への証言」を観て考えます。
期 日: 7月29日(月)18:30~20:30
場 所: NPJ事務所
東京都千代田区神田淡路町1-21-7 静和ビル1階A室
TEL: 080-6747-4157
http://np-japan.org/etc/map.htm
参加費: 300円
問合せ: 非暴力平和隊・日本(大畑)
office@np-japan.org
080-6747-4157
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-208703-storytopic-1.html
> 平和希求の生涯 中村文子さん死去 2013年6月28日
1フィート運動は映像を通して子どもたちに沖縄戦を伝えようする運動で、沖縄
戦の映像は米側にしかなかったので、一人1フィート分のカンパを募って米国立
公文書館からフィルムを購入する運動でした。役目を終えたとして今年3月に解
散しました。
今回は1フィート運動の会制作の「沖縄戦 未来への証言」を観て考えます。
期 日: 7月29日(月)18:30~20:30
場 所: NPJ事務所
東京都千代田区神田淡路町1-21-7 静和ビル1階A室
TEL: 080-6747-4157
http://np-japan.org/etc/map.htm
参加費: 300円
問合せ: 非暴力平和隊・日本(大畑)
office@np-japan.org
080-6747-4157
「観て考える非暴力」: 沖縄戦 6月24日
6月23日は沖縄戦の組織的戦闘が終結したことにちなんで沖縄県では「慰霊の日」として公休日になっています。
また1959年6月30日には沖縄県・宮森小学校米軍に米軍ジェット機が墜落し、児童、住民に多くの死傷者を出した事件が起きた日でもあります。
沖縄戦のことを考える映像を上映したいと思います。
詳細はお問合せください。
期 日: 6月24日(月)18:00~20:30
場 所: NPJ事務所
東京都千代田区神田淡路町1-21-7 静和ビル1階A室
TEL: 080-6747-4157
http://np-japan.org/etc/map.htm
参加費: 300円
問合せ: 非暴力平和隊・日本(大畑)
office@np-japan.org
080-6747-4157
また1959年6月30日には沖縄県・宮森小学校米軍に米軍ジェット機が墜落し、児童、住民に多くの死傷者を出した事件が起きた日でもあります。
沖縄戦のことを考える映像を上映したいと思います。
詳細はお問合せください。
期 日: 6月24日(月)18:00~20:30
場 所: NPJ事務所
東京都千代田区神田淡路町1-21-7 静和ビル1階A室
TEL: 080-6747-4157
http://np-japan.org/etc/map.htm
参加費: 300円
問合せ: 非暴力平和隊・日本(大畑)
office@np-japan.org
080-6747-4157