何が怖いか。。。それはご本人が、自分は認知症かも、と思っている人はほとんどいないのではないかと想像するところにあります。
病気に共通していることは、いつから病気になるか、ということはわからないということです。
分かっていればその準備ができます。
しかし、病気は本人としては、突然やってきます。体はその予兆を訴えているはずなのですが気がつけないんですよね。
認知症も、軽度認知症という括りもありますが、それも、まあ歳だからもか、このくらいのことは誰にでもあるよな、と自分を騙してほかっておいた結果、認知症まで進んでしまっている。
もう一点、認知症は、風邪のように、熱がある、悪寒がする、気分が悪いという自覚症状がないように思うんです。
となると、ますます本人は気がつきません。
そして、運転は長い間続けてきた生活の一部。自転車同様、一旦体で覚えたことは無意識にでもできる。しかし、不測の事態の時は、その判断、決断力の低下が死を招くことになります。
しかも自動車の場合は、自分だけではなく、全く見ず知らずの人たちを巻き込む可能性が高いわけです。
認知症の問題は、この運転のことだけではない、現代の日本社会の大きな問題の一つです。
予防ももちろん大切なわけですが、なってしまった時の家族や地域、社会がどう認知症の方々と接するかということもクローズアップされてきています。
運転免許の返納もある意味社会の認知症に対する対応の一つなのでしょう。
しかし、車がなければ生活できない地域もあるわけですから、免許証を返納するだけでは今回の問題は解決しません。
こうした方々の生活の足の確保をどうするのか。その財源は?誰が、どうやって。。。
是非とも税金はこうしたところできちんと使っていただきたいことを強く望みます。
私は現在58歳。あと10年しないうちにシニア世代です。
人ごとではありません。
団塊の世代が後期高齢者となり、介護や医療費などの社会保障費が急増する懸念があるとされる2025年問題まであと7年です。
それまで多くの問題を少しでも解決しないとこの先の日本は破滅するとも聞きます。
他国のことではなく、我々のこの日本社会のことです。
色々と述べましたが、ふと冷静になってみますと、今後の起こりうるであろう日本の問題はまだ実際には起こってないことですよ。
データによる科学的な側面からのお話でもありますが、あくまでも可能性であり、妄想の部分も多いかもと思うのです。
妄想は不安を増長させます。
ですから、お年寄りが増えて、認知症をはじめとする社会問題は増える可能性はある。
しかし、不安がっても問題は解決しませんね。
ではどうするか?
この問題に対処するために、一人一人が毎日の生活の中でできることは何なのか?
まずは日本の明るい社会を思い描き、その方法はきっと見つかる!と信じて行動するしかないのではないかと思います。
人間しかできない、想像と創造の力を信じて、今、この瞬間に一所懸命になる。
私はそのことを信じて行動していこうと思います。
