団塊思い出日記 -2ページ目

団塊思い出日記

60年の思い出を綴ります。

3月3日ボランティアの集いと言う催しがあるので3月2日にその事前準備に行った。

テント張りやら23のボランティアサークルの紹介パネルの設置作業である。

何しろ男手が少ない。立って見てるだけのご婦人達だけがやたらと多い。

でも作業は順調に進み予定より早く終わった所でボランティア連絡協議会?の

会長さんが御礼の挨拶をしだした。何ともびっくりした。

黒っぽいセーターの上に黒い上着、黒っぽいロングスカート、濃いえんじ色の

マフラーのいでたちでる。隣の知らないおばさんが「魔女」だと私に小声で

ささやいた。少なくとも準備作業に来る格好ではない。

もう20年以上も会長をしているらしい。う~んである。

とはあれ私のボランティア活動の初日は終わった。

若い人が少ない。男が少ない。これだけは認識できた。

因みに私が入ったボランティアサークルは傾聴ボランティアである。

傾聴ボランティアのデビューは3月22日である。

全員整理解雇で終わった前職から今の会社に入って8年余が経つ。

昨年の3月 あの大地震直後に1年後の契約更新はないと通知されていた。

再雇用制度は65歳までではないのか?の疑問を持ちながらも

会社も規模縮小は避けられないから仕方ないかと自分に言い聞かせて

この64歳を迎えんとしてきた。

そんな去年の12月にある会社の役員が私を訪ねて来て

赤字会社の建て直しに参画してくれないかと私を誘ってくれた。

その会社に行くには単身赴任が必須であること、64歳で何故に火中の栗を

拾うことの価値、強迫性障害から抜け出せないでいる息子のこと、

女房殿のこと、そして私自身の健康の事等などが最終決断を遅らせてきた。

一方で現在の勤め先からもパートとしての残留を打診されていた。

2月10日 現会社への残留を正式に断って3月末退職を決めた。

2月14日 12月に誘ってくれた赤字会社再建プロジェクトへの参画の決断をした。

この決断の理由は2つである。

1.誘ってくれた内容が面白そう。

2.死が近づくと生きたい気持ちが強くなる。

誘ってくれた役員殿にはお誘いを受ける理由は誠にいい加減なものです と

言ってある。だから私は自分の思いとは裏腹に「頑張ります」は一切言わないと

決めている。



       

あと1カ月余で64歳を迎える。

今 私は時間の経つの速さに焦りながら一つの迷いを持っている。

64歳で仕事から完全リタイアと決めていた所へ「仕事をしにこないか」と

誘われている。その会社は大赤字だが何とか立て直したいと言う。

何とも夢のある話ではないかと思う。

テレビで「得るは捨つるにあり」との言葉を聞いたことが私の64歳を

左右しようとしてるがやはり迷うのである。