誰かや、何かを
許さないという想いは
とても疲れる。
経験上、疲れる。
それって
相手を悪者にしてることで
自分を保とうとしているだけだったからさ
本当は
とっくに許してたし
本当は
相手のしたことに驚き過ぎて
取り乱した自分に
ハラが立ってただけなんだよね。
だから
こんなに取り乱すことしてくれやがって!
っていう
何というか
自分でも困惑するプライドみたいなものが
表面化したことに
自分でも知らなかった
恐がってる自分を晒けだされたことに
ハラを立ててたんだと思う。
私でも気付けなかったことを
貴方によって炙り出された!!
屈辱ーーー
みたいな。
本当はお陰様のところを
恩を仇で返す、みたいな状況が
許せない!
なのかもしれない。わたしの場合。
許せない!
絶対、お前を許さない!
みたいなことも、沢山経験したけど
結局、許してるし
許す、許さないって事自体に
怒りながら疑問もいだく。
許すも、許さないも
そもそもそれは
他人のする事ではなくて
自分のする事じゃないかな。って。
そうしてしまった相手を許す?
って
考えてみるとおかしいな、と。
そうしてしまった相手
じゃなくて
そうしてしまった自分を
許す、にすると落ち着く感覚が生まれる。
相手がしたことを
許すとか許さないって
見当違いだな、て。
相手が決めて行動したことを
どうして他人が裁けるのか?
人の命に関わることは
法的に裁かれても納得する。
でも
日常の
家族という、コミュニティーや
恋人という、関係性で
自分が他人を裁けるなんて
幻想と思う。
物凄く動揺する出来事を
相手がしたとしても
それを御守りのように握りしめて
長い間責める材料にしていることは
自分を自分で苦しめている
自虐的なことでしかないと思った。
口では罵声する割に
実は、許すも何も
ただ、貴方の行動に驚いて
感情乱された自分を露呈されたことに
顔を真っ赤にして
恥ずかしいでしょっ(*/□\*)馬鹿~!!
と、言ってるだけだったことに
気づいた夜。
他人を通して知れる私。
面白い。



