負けたくない



そう思うことが

当たり前だった子供のころ



たまたま

運動出来る子供に生まれて



勝つのが当たり前だったことが

長かったから



負けたときの

放心状態と


悔しさと



何故か


恥ずかしさが芽生えた。




負けることが恥ずかしい。



これって何?って


長いこと考えて


悩みにさえなってた。





勝つものがいれば



必然的に敗者が生まれる。



それが、勝負の世界だと思ってた。




でも


それは違うと思い始めている。



負けて恥ずかしいのは



相手に対してでも



その勝負を見ている者に対してでもなく




自分自身への羞恥心なんじゃないか、と。




負けて恥ずかしいのはね



自分で出来ることを



やらなかった時なんだよ。



自分で出来ることを


自分に嘘をついて


自分に言い訳をして



やりきらなかったから




だから



恥ずかしいんだ。




そう、思った。




やるだけやって

臨んだ勝負なら



たとえ負けても



自分には



自分だけには



胸を張れるんだ。



そしてれを



また自分の力に変容出来るんだ。



拗ねることも



妬むことも




生まれる余地なんて



無いんだ。




負けず嫌いという



この性格を



どうにかしたいと思ったこともあったけど




これは



他者へのものではないんだ。




自分に誓った自分への敬意なんだ。




恥ずかしいと思うことは



その誓いを全うしなかった


自分への絶望なんだ。





だから




その負けず嫌いを



その性格を


嫌うんじゃなくて



力に変えるやり方が


わからなかっただけなんだ。




でも



それが

わかったなら



もう、大丈夫。



大丈夫だから❤️



自分にだけは恥じない生き方が


最高の生き方だな❤️



ありがとう❤️