さっきの続きになるかもだけど
解放、と聞いて
なにが思い浮かぶかな?
解放する
解放される
解放的
この3つの表現だけでも
多くのイメージが沸いてくるよね。
一体、
何を解放する、と望むのか
何から解放されたい、と願うのか
なにをもって、解放的と認識するのか。
これ、面白いなと思う。
手放し、も一緒。
誰かや何かに
縛りを感じている状況が
あるからこその、解放
その縛りというのが
実は
誰かや何かから
一方的に押し付けられているものではなく
自分ひとりで
勝手に感じている
自分ひとりで
勝手に自分を縛り上げてることだったと
したら?
これ、
本当に大笑いが起こるんだよ。
だれにも、何からも
縛られることなんて
あり得ないわ!ってことに
気づいたとき
己が己を
どれだけ縛りつける劇場を
創作していたか!という気づきに
笑えるのよ。
人は人を縛ることなんて
出来ないの。
人は人を
操ることは、できないの。
己は己を縛り付け
己は己を
あたかも操っているかのような
錯覚を起こしているだけ。
逆を言えば
自己催眠が可能なのが
私たちとなるよね。
いま、あなたは
どんな自己催眠にかかっていて
なぜ、
その自己催眠をかける必要性を
感じたのか
なぜ、
その必要性が生まれたのか
その必要性が生まれたきっかけ、
出来事に
あなたの今、に
重大なメッセージが込められている。
私は、そう
思うんだよ。
自己催眠をかけなきゃ
やってられない状況はなんだった?
自己催眠をかけなきゃ
やってられないほど
退屈だったんじゃない?
自己催眠をかけなきゃ
やってられないほど
人生がつまらなく思えて
仕方なかったんじゃない?
そもそも
人生は、退屈ベースなんだよ。
人生は、
自ら面白いことを生み出そうと
しない限り
本当に、退屈。
このボタンを押したら
速やかに死にますボタンがあったら
速攻、押したくなるほど
人生は、退屈ベース。
それでも
欲深く、損を毛嫌いする
私たち人間は
だからこそ
生まれたてからには、元取りたい
っていうセコイ気持ちがあるから
自ら、命を絶てない。
せっかく生まれたんだから
どうせ、死ぬんだから
どうせ、生まれたんだったら
なにか1つ
面白いこと、やらかそうや。
この心理。
実に間抜けで
実に面白いと
私は、常々、思うんだよ。
だって
退屈なんだって。
本当に
毎日、毎日
退屈すぎて
だから、あえて働いたり
だから、あえて喧嘩したり
だから、あえて気持ち良いことして
だから、あえて痛みを伴うことをする。
おもしろきことなきこのよを
おもしろく
名言だ❤️
今を、
どうやって
おもしろくしていこうかね❤️
たったそれだけを
考えて、考えて、考えて
1日が終わる行き方を繰り返す人生も
面白いんじゃない❤️
なんて、思うわけです❤️
