年が明けた。そろそろ連休も終わりそうだ。今年で一番悲しい出来事だ。働きたくない、これだけは今年も変わらないと思う。
そういう訳で、ずっと働きたくないしか書いていない気がするが、本当に働きたくない。学生の頃に「大人って長期休みも無くてよくやってるよなあ」と感じていたが、よくやっていない、無理。何が楽しくて働いているのかわからないし、思っていたよりやりがいがないのである。予想以上に周りの人間がcrazyに感じる。これが大人か。給料は大したことをしていない割には頂いているのでどうでもいいが、拘束時間が長い。平日に何もできない状態が続くと辛い。休日はその分休息にあててしまっている。物凄く言い訳に過ぎないけど。平日がずっと何も出来ず、モチベーションが受動的な状態が続くと、自分から何かしようとか思わなくなる。これが後何十年も続くと思うとニートになるのも頷けるし、こんな大人を見ていたらyoutuberになりたいのも十分に理解できる。
平日に何も出来なくなると、基本的に勉強もしないので脳の劣化が著しい。勉学と仕事は関係ないというが、仕事をやっている人間の多くがそのノウハウを利用しないがためなので、集中の仕方や記憶の仕方、論じ方など十分に活かせる面はあると思う。専門的な知識も応用の仕方次第だと思う。というか地頭の問題なのだけれど(そういう意味では自分はお荷物させてもらっている)。まあこの辺りも稼ぐ能力とは別な気がするし何とも言えないか。というか何の根拠もなしに書いているので意味のないことかもしれない。
では、仕事を辞めたとして何をするのか。知らない。働きたくないことだけはわかる。働きたくても働けないというが、それは個人によるのでその人間に任せる。いろいろ人にはあるし。まあ自分は別にいい、お金があれば間違いなく働いていない。暇を持て余して労働を楽しむ可能性は考えられる。兎にも角にも人に気を使ったり、妥協したり、目的がなかったり、雇われて働くのは何かよくわからない。考えても無駄なので小さなプライドで働くわけだけれど、考えても無駄なことをやるというのはそれはそれで苦痛だ。割り切るものだというのもあるけど、取り合えずやるだけという行為に平日全てを捧げるということが空しい。まあ割と自信をもって働いている人も周りにいるので、こんなこと言っていたら失礼だけどね。逃げてばかりの自分みたいな人間が増えると社会が成り立たなくなる。無くても成り立つものも沢山あると思うけれど。まあ要するに自分には退屈なのだ。
結局のところ、普通に働きます。今年はもっとマシな内容で更新の回数を増やせたらと思う。思うだけならいくらでもできるので。
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