南千住から北千住駅までの間、山崎クンと妹さんは懐かしそうに街の変化を眺めながら歩いていた。

地震の直後とは思えないほど、穏やかないつもの風景を見ていると、心がいやされる。


「山崎さん、何やってんの?」


「いや、オレが欲しいバイクがあったからさ」


そんな他愛のない会話ができるだけ、僕らはまだ元気なんだろうな。

ボクの頭の中には、大好きな浜田省吾の歌が流れていた。


♪どんなに遠くても たどりついてみせる♪


先生 その454


案の定、TXは八潮までしか復旧していなかった。

あとは、千代田線で帰るか? 常磐線で帰るか?


「専務、どうします?」


「万が一、途中で電車が止まってしまう時のことを考えたら、各駅の千代田線のほうがいいな。

常磐線だと、駅と駅の間隔が長いから」


そう判断して、千代田線の改札口に行ってみた。

人混みは相変わらずだが、想像していたよりも早く電車に乗ることができた。


メールでおゆきちゃんに迎えに来てもらうようにお願いしたのだが、意外と早く我孫子駅に到着したらしい。

ということは、想定していたよりも、道路の被害も混雑も少ないということか?

肯定的錯覚とともに、安心感がもどってきた。


我孫子についたのは、ちょうどお昼ごろだったが、肝心のおゆきちゃんが見つからない。

やっと携帯が繋がるも、疲れと苛立ちでつい怒鳴ってしまうむかっ

その様子を見て、引いている山崎クンとマヤちゃん。すぐに自己嫌悪に陥った。

一番感謝しなければならない相手だというのに・・・。


帰り道は、途中で運転を交代して、なだめすかしながらの道のり。

気を利かせているのか、それとも疲れがピークに達しているのか? 二人は後部座席で熟睡している。

利根川の橋は渋滞していたが、それを超えれば茨城県だ!!


「24時間ぶりに茨城の大地を踏みしめられましたね」


そんな大げさな感想で、ぼくたちは健闘をたたえ合った。

山﨑クンは、壊れた家の屋根瓦が、マヤちゃんは、実家で留守番している小学生の息子さんが、そしてボクは会社の中が心配になって、それぞれに帰るべき場所に戻っていく。

事務所の中は、大分片づけられていたので、電気とガスと水道、そして届いたファックスの確認、PCに届いてた大量のメールを全部読んだだけで家路に向かう。


明日から、どうなっていくのか想像がつかないが、まずは目の前のことからやっていくしかない!!

でも、改めて思うのは、彼らと一緒じゃなかったら、このテンションは維持できなかっただろう。

励まし合ってくれた二人には、本当に感謝しかない!!


「とうちゃん、おかえり」

「遅かったねぇ、どこ行ってたの?」


いつもと変わりのない子供たちの出迎えが、ボクの心を癒してくれた。

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富里にある「まごころ庵」さんにて。
メチャメチャ美味しくいただきました。

「おにいちゃんたち、ごはん食べてないでしょ? お茶づけでいい?」

そういって、海苔茶づけと佃煮、チーズ、さらには温かいモツ煮込みを出してくれる、山崎君の妹さん。

今の僕たちにとっては、最幸のご馳走だ!!

お茶碗から湯気が立っているだけで嬉しい。


別にお金がなかったわけじゃないが、地震の直後は、どの飲食店も「火を使う食べ物」を出していない。

「お金を出せば何でも食べられる」なんて常識が通用しない今、「温かい食べ物」が食べられることのありがたさが身に染みる。


先生 その453


お店には、水道屋をやっている妹さんのご主人と、二人の甥っ子、二人の姪っ子が勢ぞろいしていた。

みなさん、ボクとマヤちゃんのことを、「兄(叔父)の上司と同僚」というだけで、本当に親身になって、心温まるおもてなしをしてくれる。

普通に生活していたら、街ですれ違っても、お互いに挨拶を交わすことすらなかっただろう。

ニュースの映像から流れている被災地の人たちから怒られそうな話だが、この地震のおかげで、本当の意味での人と人との繋がりの尊さを実感した。


近所に住んでいる、山﨑クンのお母さんもわざわざ来てくれた。

病気で入院していたという話を聴いていたが、さすが茨城出身の女の人、すごく威勢がいい!!

家族親族が集まっての一家団欒の空気に触れて、すごく心が和んだ。

水、電気、食料、燃料等々の物質的なライフラインも大切だが、人と人との繋がり、精神的なライフラインもまた、生きていく上で欠かせないことを実感する。


「お兄さん、今日はどうせシゴトにならないから、車で守谷まで送りましょうか?」


「うーん、道路状況がどうなってるかだな。もうちょっと様子見てからにしようよ」


義弟さんの申し出はとても嬉しかったが、昨日の様子では道路状況がよくなっているとは思えない。

僕らを無事に送れたとしても、帰り道はどんな状況になっていることか!!


「おにいちゃん、今宅急便の運転手に聞いたら、橋から先は全然動かないって!!」


悪い方の予感が的中した。これでは送ってもらえたとしても、帰り道でご迷惑をかけてしまう。

逆に電車の復旧は、時間が経つごとに回復している。

TXは無理だとしても、常磐線、千代田線を使えば、近くまで帰ることができそうだ。

選択肢を増やすなら、一駅歩いて北千住に行くことで先が見えてきそうだ。


すると妹さんは、中学三年生になる息子さんと一緒に、北千住の駅まで歩いて案内してくれるという。

家族のみなさんに見送られながら、僕らはまた歩き始めた。


「専務さん、息子のことを、これからもよろしくお願いします」


別れ際、そんな声をかけてくれたお母さんは、ボクの手を力強く握りながらそう囁いた。

あぶないあぶない、もらい泣きしそうだ。

まだ、泣くわけにはいかない!!


続く

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長男は7年前、二男は5年前、そして長女も本日めでたく卒園しました!!
恭子、ボクの娘に生まれてくれて、ありがとう。

余震が続く中、目が覚めた。すでにマヤちゃんは起きている。

「専務、よく熟睡できますね」

半分あきれたように笑っている姿に、ボクも元気を取り戻せそうだ。


隣で寝ていたグループが、親切に電車の情報を教えてくれた。

僕らの変える方向は、震源地に近い方角なので、最寄りの駅までの復旧はしていない。

でも、諦めるつもりは全くなかった。

なんとしてでも、3人そろって家族のもとに帰る!!


先生 その452


「専務、日比谷線が南千住まで動いてますよね。オレの妹のところまで行ってみますか?」


またしても、ボクは従業員さんたちの人脈に救われた。

唯一、電源の切れていない彼の電話で連絡をとってもらい、彼の妹さんの家を目指すことに決定。

また、昨日は長蛇の列が続いていた公衆電話が空いていたので、実家に電話をすると長男が出た。


「あぁ、とうちゃん、昨夜帰ってこなかったみたいだね。どこいってたの?」


「・・・。」


こいつの大物ぶりは頼もしい。それとも、危機感が無いのだろうか?

でも、ようやく家族と話が出来たことが、メチャメチャ嬉しい!!


日比谷線は、案の定すし詰め状態だったが、電車で移動できることがありがたい。

いくら都内とはいえ、日比谷から南千住の距離を、皮靴やヒールで歩くのは辛すぎる。

ほんとうに、昨日から「あたりまえ」と感じてたことを、「ありがとう」と感じる機会を、数えきれないくらい体験させていただいてる。


居酒屋を経営している妹さん家族は、僕らを温かく迎えてくれた。

携帯の充電器が借りられたお陰で、情報を取り戻すことができる。本当に、ありがたいことだ。

予想通り、テレビではどの放送局も、被災地の現状と、余震に関する情報を流していた。

16年前の阪神大震災の映像がダブって、いかに自分たちが恵まれた環境にあるかを思い知った。


まだ、昨日の午後からの出来事が、現実に起こったこととは思えない。

ボクは映画のエキストラで、アドリブなしの演技を続けているような不思議な感覚が続いている。

ただ嫌な予感はなくて、「大丈夫、生きて帰れる」という肯定的な錯覚があった。

一人じゃなかったから、無意識のうちに気を張り詰めて、前向きに考えられたのだと思う。

さぁ、これからはどうしよう。まずは、ありがたく一休みさせていたいて、体力を回復させよう!!


続く