無事に四人目が産まれました!!
二人とも、よく頑張ってくれました
(^^)d
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修学旅行はどこに行った? ブログネタ:修学旅行はどこに行った? 参加中


関東の人間ですから、中学生の時は京都・奈良が定番でした。

じゃ、今の中学生たちは、どこに行ってるの?

息子の中学校でも、我々の頃と同じように京都が中心のようですが、そこからUSJに行って遊ぶ「思い出作り」のパターンが多いようです。

ただ、最近の中学校では、京都に固執することは少なくなってきてるようです。


先生 その535


O先生は、ボクが小学校のPTA役員デビューの年の教頭先生。

普段からオシャレで、美味しい店をよく知っている、気さくな女性の先生でした。

それでいて、校内の一斉清掃の時には、「農家のおばちゃん」のような服装で、さっそうと軽トラックを乗り回す気さくな先生でもあります。


さて、話は15年ほど前にさかのぼります

当時のO先生は、新設されたばかりの中学校に赴任してきました。

ここは新住民と旧住民が、対立軸になってしまった荒れた地域であり、問題の多い学校だったようで、先生もヤンチャな生徒たちと毎日向き合う日々だったそうです。


先生が2年生の学年主任の時、当時の3年生の修学旅行に同行して、気づいたことがありました。


「子供たちの目に躍動感が無い!!

この子たちは、何の目的も持たずに、ただ私たちに連れて来られているだけじゃないか!!」


自分が教え育てている学年には、修学旅行で「生きることの意味」を感じる体験をさせたい!!

そう思った彼女は、当時中学生の修学旅行として、あまりポピュラーじゃない広島と神戸に連れていくことを決意したのです。


当時の校長や教頭を巻き込み、教育委員会にも足しげく通った努力が報われ、なんとか計画を成立させることができましたが、今度は一部の保護者から、クレームが上がってきました。

当然距離が延びる分、例年よりも旅費の負担が増えるからです。


「親御さんから理解されないのに、実施することはできない。

どうしたらいいだろう?」


O先生は、悩みながらも2学年最後の学年懇談会で、自分の思いを話し始めたのです。


(続く)

6月9日は「ロックの日」

テンション高い一日にしたいと思いつつ、風邪をひいてしまって体がだるくなってる稲葉です。

一昨日のブログで、うっかり病気になったネタを書いてしまったからだろうか?

口からだけじゃなくて、指先でもネガティブなことを言ったら、脳に悪い刺激がいっちゃうのかも・・・。


先生 その534


過去にも、何度も音楽ネタを書いてきましたが、意外なことに、このバンドについて何も語っていないことに気づいちゃいました。


The BEATLES

中学生の頃にその魅力にはまり、40歳に差しかかる今でも、ボクが世界一好きな音楽家集団。

4人そろっての実働期間は7年弱と短かったのですが、その影響力ははかり知れません。


最初のきっかけは、中学校の音楽室に置いてあったバラードだけのベスト盤でした。

当時はうるさいロックに興味が無く、まずは「Yesterday」「Hey Jude」「Let It Be」といった、ポール・マッカートニーの王道ともいえる曲に惹かれていきます。

「他にはどんな曲があるのかな?」という好奇心で、レコードを買ったり、借りたりしていくうちに、それぞれのメンバーの個性や、年代による音楽性の変化にハマっていきました。


書籍もずいぶん買いました。

お年玉で買った「ビートルズ大百科」は、表紙がボロボロになるまで読みまくったし、「ビートルズ詩集」は、当時の著作権の関係なのか、ジョージ・ハリスンの詩が一遍も載ってなくてガッカリしました。

ギターの弾き始めということもあり、最初に買った楽譜も「ビートルズ・ベストセレクション」みたいな本でした。


その後、ハードロックやへヴィ・メタルにもハマってくるのですが、やっぱり最終的に戻ってくるところはビートルズなんですね。

「この曲は昔さんざん聴いたから、もういいや」と思っていたとしても、もう一度今になって聴くと、新たな発見をしてしまう。

「同じ人の話を100回聴くと、真理が見えてくる」という話をよく聞きますが、ボクにとってのビートルズの楽曲も、それに近い存在かもしれません。


浜田省吾さんの「初恋」という曲で、ビートルズとの出逢いを「一瞬で恋に落ちた」と表現していますが、ボクの場合は「ジワジワ好きになって、追いかけ続けている」っていう感じかもしれません。

ロックにハマり、ギターにハマるきっかけは、ビートルズのおかげさま。

10年後20年後も、ロックの似合うオヤジで在り続けちゃいます!!

いとこ何人? ブログネタ:いとこ何人? 参加中

父方の従兄弟は6人、母方の従兄弟は4人、綺麗なまでに叔父叔母夫婦の子供たちは、全部2人兄弟です。
上は47歳から、下は29歳と、ボクとの年齢差もそれほど大きくありません。
しかし、これがおゆきちゃんの従兄弟となった場合は、ちょっと事情が変わってきます。

先生 その533


先日、義父の兄、すなわちおゆきちゃんにとっての叔父が亡くなり、お通夜に行ってきました。

本家の長兄の葬儀ということもあって、義父の話では甥姪のうち半分以上は弔問に来たようですが、どの方が従兄弟なのか、全然分かりません。

何しろ義父の兄弟は8人。聴いた話では一番年上の方は、60代の前半ということで、おゆきちゃんもまだ会ったことがない従兄弟が大勢いるようです。


臨月を迎えているおゆきちゃんに代わって、義父母とボク、そして義兄(たかシェフ)が出席し、忌中払いの席で、従兄弟の方たちと顔を合わせることができました。

中には、僕らの結婚式に来ていただいた方もいらっしゃったのですが、お互いにもう覚えていません。


「前に会ったのって、いつだっけ?」


「ほら、○○のおばちゃんの三回忌の時だよ」


「じゃ、次に会うのも、きっと誰かの法事だね・・・」


そんな会話をしているのを見ながら、感じました。

ボクにも従兄弟がいますが、再会するのはほとんど法事のときだけになってしまっています。


田舎独自の風習かもしれませんが、かつては「本家」という長兄の家が、盆と正月に親戚一同が集まる場所でした。

我が家もそんな「本家」の一つ。

喪主のご家族も同様に「本家」です。


かつては、従兄弟同士がおじいちゃんおばあちゃんの元に集まって、楽しく遊んだ思い出があるのでしょう。

長年会っていなくても、従兄弟同士の繋がりは、同窓会のようなあたたかい雰囲気に戻ります。

単なる血の繋がりというだけでなく、子どもの頃の共通体験があるからでしょうね。


ボクの子供たちには、従兄弟がいません。

その代わり、気の早い話ですが、彼らが独立して家庭を持った時に、生まれてくるであろう孫たちは、従兄弟同士ということになります。

核家族では味わえない、親族との繋がりを、孫子の代まで継承したい。

会社だけでなく、そんな一族の「本家」を継承して、ご先祖様が喜ぶ生き方をしていきたいですね。

男女比率で考えると、ほとんどの運送会社は圧倒的に男性比率が高い男社会です。

ぼくらの会社でも、10%程度にとどまっているし、ドライバーは軽貨物を担当するパートさん一人だけ。

それでも、積極的に女性スタッフを雇用し、経営を活性化させている運送会社も増えてきています。


先生 その532


最近では、営業や配車を担当する女性と、ご縁を持つ機会も増えてきました。

きめ細かさが必要な配車業務は、案外女性の方が向いているように感じますしね。

ボクの知っている運送会社では、女性の営業所長が配車係を兼務していて、ヤンチャそうなドライバーに大声で喝を入れている姿を見たことがあります。


そんな中で輝いてる女性スタッフの一人が、すぎたつ兄さんの会社・セイワ輸送の新倉さんです。

実は彼女の社内での立場について、ボク自身はよく分かっていないのですが、すぎたつさんから絶大なる信頼を受けている様子を感じます。

大月さんというイケメンのナンバー2とともに、すぎたつ社長を支えるキーマンと言えるでしょう。


先週、すぎたつさんから、様々な制約条件のあるチャンスなシゴトの相談を受けました。

なんとか協力していただける業者さんを見つけて、段取りがついたのですが、実際にやってみたところ、細々とした問題が発生!!


「どうしよう、今日中になんとかしなきゃ、間に合わない!!」


そう思いつつも、ボクも運送業のプロです。

何とか軌道修正の方法を思いつきましたが、今度はすぎたつ社長や大月さんに相談したくても、それぞれに出張中で連絡が取れませんあせる


そんなドタバタの中で、丁寧に相談にのってくれたのが新倉さんでした。

ボクが勝手な采配をしてしまったところもあったのですが、一生懸命な彼女の姿勢に何とか答えたくて、軌道修正に協力することができました。


ボクの悪いクセに「面倒なことは自分でやろう」と、何でも自分で動いてしまうことがあります。

僕らの会社にも、最幸の女性スタッフさんたちがいますが、ボクが信頼して任せ切れていないことで、彼女たちの成長を妨げていたことに気づきました。

でも、過去を振り返ると、ボクがいなくても何とかなっちゃった問題は、たくさんあるんですよねぇあせる

まずは、ボクと3日間連絡が取れなくても、困らないチームを作ります!!