今までも、8月15日の終戦記念日は特別な日という思いはあったが、池間先生との出会いから余計に特別な思いを感じるようになった。
靖国神社の参拝も考えたが、今年も都合悪く断念。
その代りといっては難だけど、気になっていた「終戦のエンペラー」を観に行ってきた。
高校時代に「ラスト・エンペラー」を観た時に、「昭和天皇を主人公にした映画を観たい」と思った。
ただ今回の映画は、昭和天皇が主人公ではないので、ちょっと期待した内容ではなかったが、片岡孝太郎さんの演じる裕仁天皇はすごくリアルだった。
「国民に非はなく、戦争の責任はすべてこの私一人にある」と頭を下げるシーンだけは、素直に泣けた。
あのお言葉があったから、我々日本人は平和に生きてくることができたのだと思うと、感謝しかない。
そんな「終戦のエンペラー」よりも感動したのが、可愛い後輩であり、尊敬する橅木くんのおじい様の話だ。
うちのじいちゃんは,阿見で予科練の教官をしていました。
台湾や朝鮮からの若者の教育を担当していたそうです。
玉音放送後,上官や同僚の教官はすぐに故郷へ帰っていきました。
じいちゃんは,地元に帰りたい気持ちを抑えて,台湾・朝鮮の若者
の帰郷をさせると立ち上がったのです。
主要都市は空襲により崩壊し,列車が乗れる区間も限られているな
ど交通手段に大変苦労しながらなんとか,彼らが帰郷できる船が出
ている山口県まで送り届けました。行くだけでなんと20日,往復
40日もかかったそうです。
戦後の混乱の中でも,しっかり自分の責任を全うしたのです。
「大東亜戦争は侵略戦争」
そんなバカげた常識をインプットされていた自分が、恥ずかしくなるような話だ。
「このまま日本に残れば、日本人兵士と間違えられて捕えられてしまう」
そんな危惧もあっただろうし、何よりも生徒を命がけで守ろうとした行為を思うと、想像しただけで泣ける。
この時の朝鮮人の生徒さんは、日本人に感謝してくれているだろうなぁ
ちなみに、ここに出てくる阿見の予科練は、現在資料館となっていて、訓練を受けていた若者たちの手紙や記録が展示されている。
知覧に行く時間が無い人も、ぜひ一度は訪れてほしい!!