世界一の美女は誰? ブログネタ:世界一の美女は誰? 参加中

最近の女優さんで言ったら、「レッドクリフ」に出ていたリン・チーリンかな?

ただ、映画の中の役のイメージで、綺麗に見えていただけかもしれませんが・・・。

「綺麗すぎる」女優さんやモデルさんには、あんまり興味がわかない稲葉です。

理由? 現実離れしていて、リアルさを感じないからあせる


先生 その416


あんまり映画を観ることが無いので、女優さんのことはあまり分からないし、興味もないんだけど、オードリー・ヘップバーンは好きです。

学生のころ、英語の授業で観た「ローマの休日」や「マイ・フェア・レディ」

「ローマの休日」に出てくる「真実の口」のシーンは、メチャメチャ可愛らしかったなぁラブラブ・・・。

「マイ・フェア・レディ」のパジャマに着替えて踊るシーンも、好きですねぇ音譜

あの歌は、オードリーの声じゃないと知って、ちょっとガッカリしましたが・・・。


オードリーは、女優業を引退して、晩年はユニセフの親善大使としての活動を始めます。


「私は本当に辛く悲しい体験を沢山してきたけれど、いつもどこかで誰かが私に救いの手を差し伸べてくれました。

そして最後には多くの人たちに愛されて女優として豊かな人生を歩むことが出来ました。

でもこれ以上女優を続けるつもりはありません。別のやりがいのあることがしたかったのです。

もう十分に幸せです。私は、その幸せを少しでもお裾分けしたかっただけなのです」

1929年にベルギーで生まれたオードリーは、まさに第二次世界大戦の戦火の中で、いつ命を落としてもおかしくない状況の中で育ちました。

家族は離れ離れになり、ドイツ軍の襲撃から逃げ惑うように住まいを転々としていたため、営業失調になったこともあったようです。

晩年の彼女の生き方は、自分が生涯かけてやりたかった使命なのかもしれません。

子どものころに、自分の命が活かされたことの「恩送り」です。


高潔なまま生き抜いたオードリーの生き様は、多くの女性の共感を得ました。

「あんな年のとりかたができたらいいよねぇ」と言う、うちのおゆきちゃんもその一人です。


晩年ユニセフの親善大使として、各国の施設に子供たちを訪ねるオードリーの写真がたくさん残っています。

女優としての全盛期とは違った、品の良さが内面からにじみ出るような美しさを感じます。

その理由について、彼女はこう語ってくれています。


たしかに私の顔にしわもふえました。

ただ、それは私が多くの愛を知ったということなのです。

だから、私は今の私の顔の方が好きです。


すべては我が師 -ぼくの好きな先生-

男女関係なく、晩年はこんな顔で生きていたいですねニコニコ