突然風呂場から叫び声。

 

なんじゃい?と思えば娘の左腕に三本のひっかき傷のような跡、左の親指付近にも謎の二本の傷。

 

風呂にはいつて染みるほどの深さだというのに本人全く身に覚えがないという。

 

うーん。

 

修学旅行の直談判から帰宅した娘から引き受けた分で右の足首に強い痛みがでるし、うまく切断も排出もできなかったんだよなぁ・・・。

 

映像なんかからも場に接続されて体調不良になる事もあるのでなるべくみないようにしてる。

 

真冬の原爆ドームの映像が流れても何故だかセミの鳴き声が聞こえるとか、川の色が濁って見えるとかあるからなるべく災害なり戦争なりの映像は見ないようにしてるけど教育の現場としてはそうはいかないんですよねぇ・・・。

 

 

お国の為に死ねば神に迎えられるなんて言われて信じてたのに、蓋を開けてみればその地に縛り付けられたまま、どうして?なんで?わけもわからず錯乱状態。

魂の慟哭と真っ向から向き合うのってかなりきっつい。

いっそ気が狂ったほうがマシって思うし、逃げ出せるなら死んでもいいとか考えちゃうくらいな時もある。

 

冷たいとか可哀想と思わないの?とか簡単に言う人いるけどうーん。

 

なんだろう多分そういうのって多分ちょっと違うんだと思うんだけど、どうやって説明したらいいんだろう???

 

そこに共感とか自分の感情とか発生させちゃ駄目っていうか、悟り?っていうかこう座禅で無になるような感じ?うん。多分魂と向き合うにはそういう事ができないといけないんだと思う。

 

何が言いたいのか自分でもよくわかんないんだけどそう思うんだよなぁ。

 

まぁ、漠然となんだけど。