pm20:00

娘が訪ねてきた

手には紙袋

「ママにお土産、はいどうぞ」

満面の笑みで差し出された紙袋の中身は

立派な鰻の長焼き

ご丁寧にタレと山椒の小瓶まで入っていた。



鰻好きな母を喜ばせようと旅先で

買ってきてくれたのだという。


「ママ先日の丑の日にうな重食べたのよ」

と私がいうと

「今年は土用、二回あるじゃん

5日の二の丑に食べたらいいでしょ

ちゃんとパウチされてるから」

と娘。



私の鰻好きはきっと

幼少期の体験に基づいている


まだ小学校に上がる前

父親と母親が二度目の離婚をし

きょうだいたちは施設に預けられ

母は私だけを連れて家を出た


母は男に恋をする度に少女に戻り

自分が子どもを産んだことなど

綺麗さっぱり忘れ

何日も家を空けるような人だった


そんな母がある日何の気紛れか

鰻屋さんに連れて行ってくれた事がある。


つばの広い帽子を被り

ノースリーブのワンピースを着た母に

手を引かれ炎天下の鋪道を歩く

茄子紺の暖簾が掛かった

木製の引き戸をカラカラと開けると

タレの焦げるいい香りが鼻の中に広がった


キョロキョロと店内を見渡し

促されるまま座敷に座る


隣に座る母の顔を見上げると

ニコニコと私を見つめていて

それだけで泣きたいくらい

幸せな気持ちになった


しばらくすると

黒い重箱に入った鰻重が運ばれてきた

と同時くらいに

知らないおっさんが母を親しげに呼び

母の向かいに着席した。


母はまた少女の顔になり

その瞬間

子供ながらにひどく落胆した記憶がある


けれど鰻は美味しかった


甘辛いタレが染みた艶々の白飯と

ふっくらとした香ばしい鰻を

夢中になって頬張った

おっさんが私の機嫌を伺うように

何やら話しかけてきていたが

全く耳に入らず、気にも留めずに。


あの日母に手を引かれて歩いたあの道

今でも鮮明に浮かんでくる


鰻のタレのように

甘くほろ苦く


情景も香りも

幼い私の感覚も


どんな時でも鰻は格別に美味しい

それが私と鰻との初めての出会い。