恵比寿ガーデンプレイスにある東京都写真美術館へ、「被爆80年企画展/ヒロシマ1945」を見に行ってきました走る人

※美術館側から、撮影は風景として撮るなら良い(作品を単独で写さなければOK)とのアナウンスがありましたので、そのような撮影になりました。

 

この企画展は、広島市民や報道機関のカメラマン、写真家らによって撮影された、広島原爆写真約160点と映像2点が公開されたもので、資料の所蔵や保存・活用に携わってきた報道機関が連携して展覧会を主催するのは初めてのことだそうです。

主催: 中国新聞社、朝日新聞社、毎日新聞社、

    中国放送、共同通信社
共催: 東京都写真美術館

    (公益財団法人東京都歴史文化財団)
後援: 広島市、日本放送協会、日本写真家協会、

    日本ユネスコ国内委員会、広島県、

    (公財)広島平和文化センター
協力: 株式会社フレームマン、株式会社写真弘社、

    広島国際文化財団

 

入口も長い列で、たくさんの人でにぎわっていましたが、会場内は静かでした。

みなさん、黙って資料に見入っていました。

 

写真と共に、撮影者の名前やエピソードが書いてあったりします。

自らも被爆し、苦しむ人々に「申し訳ない」と涙を流しながら、それでも「記録しなければ」という思いで撮影した、ということが書いてありましたえーん

 

占領期のGHQからの情報摂取や統制などもあり、撮影者たちは撮影した資料を、家の軒下に隠すなどして守り抜いたものもあるそうです。

 

そうした努力のおかげで、こうした貴重な資料が残されたんですね。

 

写真はすべてモノクロでしたが、それでも傷ついた人々を撮影した写真は、辛すぎて直視できませんでしたショボーン

一面、焼け野原となった風景のパノラマ写真がありました。

これがたった1発の爆弾のせいとはどうしても思えない違和感があった」との撮影者のコメントがありました。
当時、誰も原爆の恐るべき破壊力や影響を知らないわけですから、当然の話です。

アメリカから調査団が来ていて、被災の状況を日本人が説明している写真がありましたが、その調査は被爆者救済のためではなく、落とした原爆の威力や影響を調べるためのものだった、との記載があり、私は言葉にならない憤りを感じました。

今アメリカでは「原爆投下は戦争を止めるために仕方がなかった」との教育がなされていて、その解釈が一般化されているという現実があるそうですダウン


でも、原爆が落とされた時だけではなくて、その後も長い間ずっと、どんなに多くの罪のない人を苦しめ続けているのかを思えば、「原爆を落とすことは仕方がない」なんてことは、どんな理由があれ許されることではないということを、世界中の方に知ってもらいたいと強く思いましたえーん


それでも。。。

 

今、広島のピースボランティア(平和記念資料館や公園の慰霊碑などを来場者に解説するボランティア)さんたちは、アメリカに対する憎しみや恨みごとを伝えるのではなく、「こんなことを二度と起こさせない、平和な世界にしていこう」ということや、「核兵器をなくしていこう」ということを伝えているそうです。

 

そうした姿勢に、心を打たれる方が多いと聞きます。

被爆した日本だからこそ、平和の大切さを心から世界へ語れるのではないかと思っています。

 

こうした資料の数々をたくさんの方々が目にし、平和を願う人々の思いが大きなうねりになることを願っていますお願い

 

鉛筆原爆記録写真について、背景・エピソードなど詳しく記した資料をネットで見つけました。

お時間ある方はぜひご参考にされてください下差し

1945年8月6日松重美人撮影写真を読み取る~「広島原爆の撮影者」とともに~