東日本大震災から10年が経ちました。そして、あの原発事故からも10年です。

亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りすると共に、今なお故郷に戻れない方々、被災して様々な困難にあわれた多くの方々に、心よりお見舞い申し上げます。

 

まだ10年経った今も、復興とはとても言えない状況だと、私は思っていますえーん

 

私が政治に目覚めたきっかけも、10年前のこれらの出来事だったなと、思い起こしました。これからもこの原点を忘れずに、声をあげていく勇気を持ち続けながら、困っている方の心に寄り添えるようなことをしていきたいと思いますグー

 
 

 

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さて、いろいろなメディアで、10年前を振り返った記事がありましたが、「デジャブ!?」と思えるような記事がありましたので、こちらに紹介させていただきます。

 

岐阜新聞より/帰宅困難「名古屋→岐阜」歩いてみたら12時間→結論「無謀」リスク多く

 

10年前私も、まだ当時4歳だった「子供が保育園で待っているアセアセ」と焦りもあり、働いていた渋谷のオフィスから自宅の埼玉まで、まさに「フルマラソンより距離が短いし、歩いてなら帰れるよねグッ」と思って、同じ方向の同僚と一緒に歩き始めたんです。(結局、子どものお迎えは夫が行ってくれたので良かったのですが)

 

まったくもって「無謀」でしかありませんでした笑い泣き

 

最初のうちは、混み合ってまったく動かない車やバスを横目に、意気揚々走る人アップと明治通り沿いをひたすら歩いていきましたが、巣鴨を越え、国道17号線に入ったあたりから、歩いている人もまばらになり、なんなら真横を車がびゅんびゅん車DASH!車DASH!車DASH!通り過ぎるようになり、、、

 

夜になって、大通りといえども女性2人だけで歩いているのは、なんだかとても心細く、見知らぬ街並みの中を、地図をガン見しながらひたすら歩き続けるのは、なにかの修行のようでしたチーン

 

8時間以上かけて、ようやく荒川を渡り、武蔵浦和までは歩きましたが、ロングブーツだったこともあり、足の付け根が痛くて、「もうこれ以上はムリダウン」と、近くの夫の実家まではなんとかたどり突き、同僚と一緒に泊まらせてもらい、結局自宅まではたどり着けませんでしたドクロ

 

見込みが甘かったです汗

歩きでもムリでしたあせる(マラソン選手ってすごい)

 

「東京で働くもんじゃないな」と、この時心に誓ったんですね笑い泣き

 

この記者さんも言ってるように、たとえば自宅から遠い勤務地で被災した時などには、できれば交通機関が復旧するまではその場に留まって、なんとかやり過ごすことをオススメします。そのための準備(歩いて帰らないための準備)を、ぜひみなさんしていただければと思いますグーグーグー