■ボストン交響楽団(11/8サントリーホール)
[指揮]アンドリス・ネルソンス
[フルート]エリザベス・ロウ*
[ハープ]ジェシカ・ジョウ*
モーツァルト/フルートとハープのための協奏曲 ハ長調*
(アンコール)イベール/間奏曲*
ラフマニノフ/交響曲第2番 ホ短調
(アンコール)ラフマニノフ/ヴォカリーズ
小澤征爾以来18年ぶりに現職の音楽監督と共に来日したボストン交響楽団。東京公演では主催のサントリーホールで3日連続3プログラムを披露するが、メイン作品はそれぞれショスタコーヴィチ11番、ラフマニノフ2番、マーラー1番。これまでなら間違いなくショスタコかマーラーを選んでいたはずだが、今回は日程の都合もあり、敢えて最も優先順位が低いはずのラフマニノフを選んでみた。
ラフマニノフの2番は、個人的に「甘ったるくて冗漫」という先入観があって、年間会員の定期ででも採り上げられない限りは、自分からは進んで聴かない曲だった。しかし最近この曲の演奏頻度が急上昇しており、この夏以降気になったものだけでも秋山&東響、広上&京響がやったし、外来オケでもネルソンスのほかにフェドセーエフ、ゲルギエフが振る予定で、さらに来年にはバッティストーニ、テミルカーノフ、ノットらも相次いでこの曲を採り上げるとあっては、いつまでも苦手意識を持ってはいられない。そしてどうせ聴くなら、まずは第一級のこのコンビで…と思った次第。
ボストン響のステージは始まり方が独特で、開演前から楽員さんたちが板について音出しをしており、気が付けばコンマスを含む全てのメンバーが揃っていてチューニングが始まるので、オケ登場時の拍手というものが無い。初めて見る生ネルソンスは、ルツェルン祝祭管を振っていた頃の映像に比べると大分貫禄が出てきたようで、横から見たシルエットはまるでブラームスのよう。
前半は、外来オケのプログラムでは珍しい気がするモーツァルトのフルートハープ。ソリストはボストン響首席の女性奏者2人が務める。8型のオケから立ち上がるサウンドは、ピリオド・アプローチとは対極にあるような、今どき珍しいオールドファッションの鷹揚なモーツァルト。ソロ・パートも殊更に存在感を主張することなく音楽に溶け込み、特にフルートの音価を十分に保ったおっとりとして品のあるフレージングがじんわりと沁みた。これも珍しいフルートとハープによるアンコールでは、ハープの爪弾きがエキゾチックなギターの響きを連想させた(と思ったらこの曲、ギター版もあるようだ)。
そして問題のラフマニノフ2番。第1楽章の長大な序奏部から、大河小説の重厚な語り始めのように、ドラマの予感に満ちている。ネルソンスのバトン・テクニックは、垢抜けているというよりは、どちらかと言えば無骨なタイプで、しばしば重たい荷物をこっちからあっちへ、あっちからこっちへと運んでいるようにも見える。テキパキと淀みなく指示を出すのではなく、勘どころを押さえてダイナミックにエネルギーを引き出そうとする。アンサンブルには隙や雑味もあるものの、均一ではなく、実に変化に富んだ多彩な音が聞こえてくる。本来、オーケストラを聴く醍醐味ってこれだよな…と改めて実感させられる。
比較的短いスケルツォ楽章も、中身は濃い。弦による甘い主題ではしっかりとポルタメントをかけて歌わせたと思えば、中間部の直線的な音型では苛烈なまでに緊迫感を込めてソリッドなテクスチュアを要求する。緩徐楽章はロシア的な甘ったるさは無く、むしろマーラー的なロマンティシズムを感じさせ、ずっしりと充実した聴き応えを残す。この楽章以外でも、マーラーやショスタコや、ラフマニノフ以外の作曲家の音楽がシンクロするような瞬間が何度か訪れて、それらが混然一体となった壮大なシンフォニーを聴いているような気分を味わった。苦手意識を払拭するには十分過ぎる60分間だった。
ネルソンスの作り出す音楽は、楽曲に内在するエネルギーをなるべく元のまま引き出しステージ上でやりとりすることで、そこがそのまま「自然」にもなり「宇宙」にもなるというスケールの大きさがあり、些末なことで神経質にならない懐の深さがある。今でも十分巨匠然とした芸風と言えるが(見た目的にも)、この先10年20年とキャリアを重ねるほどに、間違いなくその音楽もさらに深みを増すことだろう。それを現時点で、初めて聴いた客にも予感させてしまう凄み。名門オケから引っ張りだこなのも納得の大器である。