
今回は、個人セッションを受けられているT.Yさんに、
セッション後のご感想を頂きましたので、
僕の返信を含めてご紹介させて頂きます。
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> ヒロさん、こんにちは。T.Yです。
> 今回もセッションありがとうございました。
>
どうもありがとうございました。
> マインドを追いかける習性があり、
> その習性に気づいていようとするのが
> 精いっぱいだったのですが、
> マインドもまるごと真我であるという
> 全体性をとらえた見方を持ちたいと思いました。
> 全体性そのものでありながら。
>
そうですね。
マインドは真我の反映と言えますが、
全体性の視点では、マインドも真我です。
この人生の中の個人という肉体がある限り、
マインドと共に生きていくということですね。
それが人間です。
マインドを持つ人でありながらも、その存在の源、
真我を認識、自覚できることは素晴らしいことです。
ただ、マインドは真我そのものではありませんので、
マインドと真我そのものを同一化してしまうことは、
気をつける点として言えるかもしれません。
マインド(個人)を通して経験する人生の全ては、
その源である真我(本当の自分、愛)です。
> マインドがワーワー騒がしいのに、
> 在るは在りました。
>
> 日常においても、どんなにマインドが騒がしくても、
> 在るは在るという体験を積み、
> より深く在るでありたいと思いました。
>
たとえマインドがワーワー騒がしくても、
在ることを自覚できるのはいいですね。
マインドがどんな状態であろうと、
在ることに変わりはありません。
在るという中に、マインドがあるからですね。
一般的に、マインドが騒がしくなってしまうと、
ついそちらに意識が向けられてしまい、
マインドと同一化してしまう傾向がありますが、
そのような時こそ、在るに意識を戻すことは、
意識的な在り方の訓練にもなると思います。
> ハートの共鳴時は、落ち着きが深まり、
> 穏やかでした。
>
いいですね。
> 瞑想中に頭が重い感覚に気づき、
> その感覚と、この感覚は何だろうというマインドを、
> 静観している感じが
> とぎれとぎれながらもあったのが良かったです。
>
落ち着いて、穏やかに、
静観している存在が真我ですね。
その時の感覚(体感)や、マインドの状態に、
静かに気づいている、純粋な気づきそのものです。
> 日常でありがたいことは、
> 最中は相変わらず騒々しく苦しむのですが、
> 数時間後や数日後にそのことを振り返ると、
> 苦しまなくなっていることです。
>
苦しみを引きずらなくなってきていますね。
意識的な焦点が、過去や未来から、
現在(今)に意識が向けられてきていると言えますね。
意識の焦点が今に向けられていきますと、
過去の苦しみからは解放されるようになります。
今とは、過去ではないからですね。
過去を思い出すのは、マインドの中だけです。
> 以前なら、思い出した時点で
> 同じように苦しみ出していたと思うので、
> その点が本当に楽になり、
> ストレスが減りました。
>
とてもいい状態ですね。
マインドがプロセスの中で変容する一つには、
だんだんと楽になってくることが言えます。
> 今は、ストレスや苦しみもまるごと受け入れ、
> ただ静観している感覚を養っていきたいと思います。
>
いい在り方ですね。
人生で起こる様々な出来事の中には、
時にストレスや苦しみがあって当然です。
でも、苦しむためだけのものではありませんね。
相対性の中では、苦しんだからこそ味わえる、
喜びや幸せを実感できることがあります。
それも人生の中の味わいのひとつと言えますね。
真我は、T.Yさんという個人を通して、
ストレスや苦しみを味わう経験から、
喜びや幸せを味わう経験を許容しています。
許容していないと、その経験は創造されません。
経験や体験を通して自らを知っていくプロセスであり、
自らの無限の表現を楽しんでいると言えますね。
>
> それでは次回も、4月6日(金)午後3時から
> よろしくお願いいたします。
> 今回もありがとうございました。
>
>
>
> T.Y
また次回もよろしくお願いいたします。
どうもありがとうございました。
ヒロ
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T.Yさん、ご丁寧なご感想頂きありがとうございました。
個人セッション(お試し)のご案内はこちらより。
最後までどうもありがとうございました。