
こんばんは。ヒロです。
今回は、体験セッションを受けて頂いたMKさんに、
スカイプにてセッションを行わせて頂きました。
セッション後のご感想と僕の返信までを、
参考までにご紹介させて頂きます。
(ここから)
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MK様
こんにちは。ヒロです。
ご丁寧なご感想頂きありがとうございます。
> こんにちわMKです
>
> 先日は4回目のセッション有難う御座いました
>
こちらこそ、どうもありがとうございました。
>
> 早速感想です
>
> 今回のセッションで,気づいている存在に気ずく
>
> 前回と同じ気ずく事に意識しましたがしっくりせず
>
> 探し求める自分に焦り落ち着けない感じでした
>
より浄化(クリア)の作用が働いていきますと、
それ(純粋な気づき、真我)に意識を向けて頂くことが
できるようになっていきます。
「探し求める自分に焦り落ち着けない感じ」
真我(純粋な気づき・意識、在る、本当の自分、
無、空、ゼロ、無限の愛)は、これまで何も変わらずに
常に存在しているものなので、それ自体は、
探したり、焦ったり、落ち着けない存在ではなく、
マインドがどんな状態であれ、不動であり、静寂であり、
何者にも動じず、揺るぎない存在です。
探し求めたり、焦ったり、落ち着けない感じのマインドを、
落ち着かせる(落としていく)ことも必要になってきます。
>
> 在るも自分で、マインドも自分で、
>
> 在るで気ずき、それは
>
> 当たり前の気ずきで、そこから全てが起こってきている
>
> とゆう純粋の気ずきの場所はもっと深いところに在る
>
> そう思っていても、会話中でも今も気ずいています
>
> と言われると
>
> さっぱり解らなくなりました
>
「在るで気ずき、それは当たり前の気ずき」
この在る(真我)というのは、気づいて頂けますと
至ってシンプルで当たり前である気づきと
捉えることもできます。
「当たり前の気ずきで、
そこから全てが起こってきている」
セッションでの共鳴中、
MKさんが捉えようとされているものは、
それ(在る、真我)なのです。
分かりやすさの為、これまで身近であったものを、
当たり前と表現させて頂いておりますが、
その時マインドで気づかれようとされているのは、
在る(真我、純粋な気づき・意識)なのです。
「純粋の気ずきの場所はもっと深いところに在る」
それ(真我、純粋な気づき・意識)は、それしかなく、
それ以外はないとマインドでも認識することができます。
意識的な深さによっても変わっていきますが、
真我自体は何も変わらずに
常に存在し続けているものです。
その時、探そうとされていらっしゃるのも
マインドとなってしまうのです。
「会話中でも今も気ずいています」
セッションの会話中でも、常にいつでも、
真我は常に変わらずに存在しているものであり、
気づき自体は、深い意識からそれそのものとなり、
感覚的に捉えられることが大切になっていきます。
真我(在る)というのは全体性です。
MKさんの思考や体や感情などを含めた、
見えるものも見えないものも全ては真我であり、
真我ではないものは一つもありません。
そして、真我でいう(全体性の)意識の状態、
「在る」という感覚が、本当のMKさんなのです。
>
> 自分で思いこんでいる純粋な気ずきは、
>
> 何も感じない意識の中に入り
>
> 周りで音、呼吸、思考、を感じる自分だが、
>
> それでは自分は常に在るのか
>
> セッションを初めていろいろな感じになったが、
>
> それを感じている自分は
>
> 自我の自分か、在るの自分か 等、考えだしました
>
「周りで音、呼吸、思考、を感じる自分」
周りの音、呼吸、思考、それそのものとなり、
一つのスペースで気づいて(観察している)感覚が、
純粋な気づき(真我、在る)ということになります。
「自分は常に在るのか」
本当のMKさん(在る、真我、)は、
マインドに左右されることなく、
常に変わらずに在るものです。
マインドがそれを捉えにくくしているのです。
「それを感じている自分は自我の自分か、在るの自分か」
素晴らしい表現ですね。
自我の自分と、在る(真我)の自分という、
「意識がどこに在るのか」ということが
問題になっていきます。
常に在る(真我、純粋な気づき・意識)に
意識を持っていく(戻していく)ことが大切です。
実際にそれを感じ取っている存在は自我となりますが、
在る(真我、純粋な気づき・意識)は、
それを感じ取っている自分を含めた
全てという意識の状態になります。
>
> 純粋な気ずきとは、それ、これ、と客観的に感じるのか
>
> 意識と一体で今この意識だと湧きあがってくるのか
>
> 今後が楽しみです
>
「純粋な気ずきとは、それ、これ、と
客観的に感じるのか」
純粋な気づきとは、「それ」とか「これ」という表現でも
実際よく使われておりますし、客観的に捉えても、
それそのものである真我の意識の状態の時には、
それが一番分かりやすい表現とも言えます。
「意識と一体で今この意識だと湧きあがってくるのか」
感覚的に捉えられるものは人それぞれですが、
今この意識だと捉えられるようになってくると思います。
常に真我は普遍的に在り続けているものなので、
それ(真我)ではないというマインドを
(落ち着かせる)落としていく必要もあります。
マインドが落ち着いてクリアになっていきますと、
それ(真我)をより捉えやすくなっていきます。
これからも楽しみですね^^
>
> 次回のセッションを楽しみにしています。
>
こちらこそ、次回も楽しみにしております。
どうもありがとうございました。
ヒロ
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(ここまで)
MKさん、ご丁寧なご感想頂きありがとうございました。
また、セッションをご継続頂きありがとうございます。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
PS
独特な言語で神秘的な美しい声の女性ヴォーカルと、
エネルギッシュで勢い溢れるコーラスが特徴的で、
一度聴いてしまうと引き込まれてしまいそうになります。
最後までどうもありがとうございました。