岡田監督講演振返り
ワールドカップで汚名返上した岡田監督の
講演内容を一部抜粋します![]()
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早稲田大学は2009年12月11日
ICC(早稲田大学国際コミュニティセンター)開設3周年記念「働く杯」を開催
特別講演でサッカー日本代表監督の岡田武史氏が自らの仕事に対する姿勢を語った。
僕は選手と一緒に酒を飲んだりは絶対しません。なぜか? 酒を飲んでわい
わいやって、翌日「君、クビ」と僕は言えない。仲人は絶対しません。
仲人をやって奥さんやご両親知っていて「はい、君アウト」と僕は言えない。
だからあえて僕はそういう一線を常に引いています。この前、
ケープタウンでヒデ(中田英寿)がたまたま来ていて、「飯食いませんか?」と言うから、
僕はちょっとほかの人と先約があったので「俺は人とここで食ってるから、
もしよかったら来たら」と言ったら来たことがあります。酒を飲みながら話し
ていて、「あれ、俺よく考えたら、ヒデとこうやって酒を飲むのは初めてだな。10年
間なかったな」と思ったくらい、僕は自分の中で一線を引いています。
nakata.net――中田英寿オフィシャルホームページ
僕も人間ですからみんなから「いい人だ」と言われたいし、好かれたいですよ。で
も、この仕事はそれができないんです。なぜなら、選手にとっての“いい人”“いい監督”
というのは「自分を使ってくれる監督」ですから。僕は11人しか使えないので、あきら
めないとしょうがないんです。
選手でも日本代表選手にもなるとみんなしっかりしていますから、「監督、僕はこう
考えていて、こういう風にしたい」とか「私生活でももっと自由にこういうことをした
い」とかいろんなことを言ってきます。
経営者でも「倒産や投獄、闘病や戦争を経験した経営者は強い」とよく言われる
のですが、どん底に?った時に人間というのは「ポーンとスイッチが入る」という言い
方をします。これを(生物学者の)村上和雄先生なんかは「遺伝子にスイッチが入る」
とよく言います。我々は氷河期や飢餓期というものを超えてきた強い遺伝子をご先祖様
から受け継いでいるんですよ。ところが、こんな??で快適で安全な、のほほんとした
社会で暮らしていると、その遺伝子にスイッチが入らないんです。強さが出てこないん
ですよね。ところがどん底に?った時に、ポーンとスイッチが入るんですよ。
明確な共通した目標を持つこと。
そしてもう1つは、「このチームはこういうチームなんだ」という“フィロソフィー(哲学)”を作ること。
もう1つのフィロソフィーについては、マスコミさんがいる前では話したことが
ないのですが、最近はこの話を選手にもしなくなった。というより、する必要がなくなった。
だから今日はちょっと簡単にお話ししようと思います。
1つは「Enjoy」と言っています。
2つ目に「our team」という言
3つ目が「do your best」。「チームが勝つためにベストを尽くせ」という意味
4つ目が「concentration」。これは「集中する」ということですが、何に集中するか
といったら「今できることに集中しろ」ということです。
5つ目が「improve」。「今を守ろうとするな。常にチャレンジしてもらいた
い」ということです。
6つ目が「communication」。これはお互いを知るということ。
僕は色紙などに「座右の銘を書いてくれ」と頼まれたら、大体“人間万事賽翁が馬”という言葉を書くんです。
ご存じでしょうが、中国の城におじいさんがいて馬を飼っていたと。
馬は当時貴重なものだったのですが逃げてしまった。周りの人が「おじいさん、大変な災いでしたね」と言ったら、おじいさんが淡々と「いやいや何を言う。
この災いがどういう福をもたらすか分からん」と言っていたら、逃げた馬が雌馬を連れ
て帰って財産が2倍になった。
「おじいさん、?かったですね」と周りの人が言ったら、おじいさんが淡々と「いや
いや、この福がどういう災いをもたらすか分からん」と答えたら、連れてきた馬に乗っ
た息子が?馬して足を悪くした。「いやあ災難でしたね、おじいさん」と周りの人が言
うと、またおじいさんは「いやいや、この災いがどういう福をもたらすか分からん」
と。そして、戦争が始まって、村中の?者が駆り出されて全員戦死したのですが、その
息子は足を悪くしていたので、戦争に?かずに生き残ったというように話が続きます。
僕は「バーレーンに負けなかったら、どうなっていたんだろう」「ウルグアイに負け
なかったら、どうなっていたんだろう」といろいろなことを今思います。そういうこと
が続いてくると、何か問題やピンチが起こった時に「これはひょっとしたら何かまたい
いことが来るんじゃないか」と勝手に思うようになるんです。もうすぐ発表になります
が、今回もスケジュールで大変になることがまたあるんです。それは確かに大変かもし
れない。でも、「ひょっとしたらこれでまた何か?いことが生まれるんじゃないか。強
くなるんじゃないか」とだんだん考えるようになってくるんです。
ずっと振り返ってみると常にそういう連続でした。「バーレーンに負けたおかげで今
がある」と思います。そして、ふと自分の手元を?てみたら、僕がずっと探し求めてい
た秘密の鍵があったんです。これは秘密の鍵ですからお話しできませんけどね。秘密で
すから(笑)。恐らく僕があの後、どれだけ机の上で勉強してもつかめなかっただろう
秘密の鍵が、のた打ち回りながらでもトライしていたら、手の上に自然と乗っていたん
です。
僕はその時にふと「淵黙?声(へんもくらいせい)」という言?を思い出しました。
僕は曹?宗で座禅をするので総本山の永平寺に?った時、宮崎(奕保)※さんという禅
師さんに謁?する部屋の掛け軸に書いてあった言?です。弟子がお釈迦さんに「悟りと
はどういうものなんですか?」と聞いたら、深く黙した(淵黙)。しかし、その淵黙が
?のような大きな声を発したように聞こえたと。お釈迦さんは「ここにいて悟りがどう
のこうのと能書きを垂れているくらいなら、修?して一歩でも悟りに近づくように踏み
出しなさい」ということを無言で伝えたんです。僕はその言?を思い出しました。自分
はああだこうだと頭で考えたり勉強したりしましたが、よく言われる「ともかくやって
みろ」「ともかく始めてみろ」ということは本当なんだなという気がしました。
※宮崎奕保(みやざき・えきほ)……曹?宗大本山永平寺第78世貫首。2008?逝去。
時間の関係で中途半端な話になりましたが、何が言いたかったかというと、?い人に
これからチャレンジをしてもらいたいということです。「いやあ、今はこんなことやっ
たって……」といった能書きはいい。ともかく一歩踏み出して、どんなことでもいいか
ら目標を作ってチャレンジをする。
僕はいろんな決断をする時に、「明日死ぬとしたら今どうするだろう」と自分を追い
込みます。人生というのは「おぎゃー」と生まれてから、必ず来る死というものに一歩
一歩進んでいくだけなんです。僕なんかはもう半分以上進んでいるんですけどね。誰も
が必ず死ぬんです。この講演の帰りにポロッと死ぬ人もいるかもしれない。その間をい
かに生きるかなんですよ。何もなく、のほほんと生きていくのも人生です。「生きてい
るだけですばらしいこと」とよく言います、その通りです。
でも、できるならどんな小さなことでもいいから、チャレンジをしてもらいたい。頭
でごちゃごちゃ考える前に踏み出してみる。少々壁や何かがあろうが、そんなもの関係
ない。必ず乗り越えられる。壁というのは邪魔をするためにあるのではない。自分の気
持ちを確認されているんです。「本気でこいつはやってんのかどうか」と。そういうつ
もりでチャレンジに一歩踏み出していただければ幸いです。