「雑賀衆」 | 馬場と私の10の約束。

「雑賀衆」

今回は戦国期最強の傭兵部隊「雑賀衆」の話。

信長・秀吉・家康などの天下人権力とは一線を画し、

独立性を最後まで保ち続けた雑賀衆ビックリマーク


雑賀衆は紀伊国の雑賀装を中心とする荘園に

居を構えた国人・士豪・地侍たちの集団.。


大名の様な絶対的リーダーがなく全ての方針を

寄合(会合)によって決めるという、当時としては

特異な集団でした。

また、数千丁単位の数の鉄砲で武装し、

かつ高度な軍事力を持っていた。、
早くから大量の鉄砲を使いこなす戦術に長けていた

彼らは、その技術を駆使して自らの領土を防衛する

ばかりでなく、周辺大名の傭兵部隊として各地を

転戦したとも言われています。


その代表例が信長対本願寺の石山戦争で、

織田鉄砲隊を遥かに凌駕する雑賀衆の前に信長軍
は大敗を喫し、信長自身も銃弾により重傷を負うなど、

最期まで信長を苦しめました。


革新的な鉄砲を用いた戦術と言えば織田信長を

想像する方も多いかと思いますが、雑賀衆をはじめ

根来衆など、一集団が大名を凌駕する技術を持っているのも、

下克上といわれる戦国時代らしい逸話ですね。