「雑賀衆」
今回は戦国期最強の傭兵部隊「雑賀衆」の話。
信長・秀吉・家康などの天下人権力とは一線を画し、
独立性を最後まで保ち続けた雑賀衆![]()
雑賀衆は紀伊国の雑賀装を中心とする荘園に
居を構えた国人・士豪・地侍たちの集団.。
大名の様な絶対的リーダーがなく全ての方針を
寄合(会合)によって決めるという、当時としては
特異な集団でした。
また、数千丁単位の数の鉄砲で武装し、
かつ高度な軍事力を持っていた。、
早くから大量の鉄砲を使いこなす戦術に長けていた
彼らは、その技術を駆使して自らの領土を防衛する
ばかりでなく、周辺大名の傭兵部隊として各地を
転戦したとも言われています。
その代表例が信長対本願寺の石山戦争で、
織田鉄砲隊を遥かに凌駕する雑賀衆の前に信長軍
は大敗を喫し、信長自身も銃弾により重傷を負うなど、
最期まで信長を苦しめました。
革新的な鉄砲を用いた戦術と言えば織田信長を
想像する方も多いかと思いますが、雑賀衆をはじめ
根来衆など、一集団が大名を凌駕する技術を持っているのも、
下克上といわれる戦国時代らしい逸話ですね。