東急ハンズから学ぶ | 馬場と私の10の約束。

東急ハンズから学ぶ

そもそも「東急ハンズ」は、どのようにして生まれたのでしょうか。


「この面白い店はどうやって出来上がったのだろう」

始まりは1972年(昭和47年)現在の渋谷店の土地を、

東急不動産が取得したことでした。

当時の渋谷駅周辺は、1967年(昭和42年)に東急百貨店本店、

68年(同43年)西武百貨店、69年(同44年)渋谷東急プラザ、

73年(同48年)パルコと、続々と商業施設が進出し、新しい人の流れが出来ていました。


しかし、現在の渋谷店のある宇田川町周辺は、それら新しくて、

おしゃれな店舗と公園等の「間」にあり、ただ通る場所と言ってもいいような

場所でした。さらに、取得の翌年には「オイルショック」が発生。

消費者物価は高騰し、政府は金融引き締めを強化します。

そんな不動産業にとっても厳しい状況の中、東急不動産はこの

宇田川町の土地を自社で有効活用することを決断します。

様々なアイデアが出され、最終的に渋谷駅周辺の商業施設の出店

ラッシュにより、人の流れが変わってきていることを受け、

物販店舗の構想が浮上します。
 

どういう店舗にすべきかと検討が重ねられた結果、不動産会社らしく

「住宅関連商品を中心とした販売店」と決定されました。

そして、渋谷店に先立ち、藤沢でプロトタイプとして先行して店舗を

開店することとし、その開店準備には東急不動産の従業員が

あたることになりました。 ここに、「東急ハンズの構想」が誕生します。
実際に「東急ハンズ」ができるまでの道のりは、正に苦難の連続だったようです。

そもそも、不動産会社の従業員が、小売店を立ち上げるのです。

かなり無謀なことです。 「何を売るか」、「どう売るか」、

「商品をどこから仕入れるか」、と、解決すべき課題は山のようにありました。
「何が売れるか分からない」から「幅広く」「何を売るか」については、

住宅関連商品ということから、アメリカにあるホームセンターが参考にされ、

実際に流通業全般の視察に行っています。

その経験のなかから、自らの手で何かを作るという考えかたの

DIY(Do It Yourself)、生活の改善をテーマにしたHI(Home Improvement

という概念が取り入れられ、日曜大工の道具やその材料、

生活雑貨などを売ろうということになりました。
 

関連して、手芸や趣味に関する商品・インテリア関連用品・

園芸用品などが、取扱品目のリストに加えられていきました。

さらに、アメリカのホームセンターや、すでに日本でも出来つつあった

DIYショップと一線を画すために、「一般の方向けのもの」から

「プロの方にも使っていただけるもの」まで、徹底した品揃えをすることにしました。
 

ここには、小売りの経験がなく、「何が売れるかわからない」ため、

幅広い品揃えをして、お客様の趣向をつかみたいという考えもあったでしょう。

「素人」という欠点が、「個性」という武器になったことのひとつです


そして、小売りの素人ならではの発想が貫かれたもうひとつが、売り方です。
「幅広く徹底した品揃え」の方針が決まったとき、

「どう売るか」も決まりました。専門的な知識を必要とする商品を

扱うのですから、お客様に十分にご説明をする必要があります。

ならば、従業員によるコンサルティングを重視し、お客様からの

ご相談に応じ、商品の使い方や気をつけるべき点などを十分に

ご説明せねばならない。

こうして「売るため」ではなく、きちんと説明することを

最優先するスタイルが生まれます。

そして「お客様のご要望に徹底してお応えする」という、

今も続く東急ハンズの理念の原型となりました。

これらの流れのなかで、「道具という手の延長ともいえるものを

使って、新しい生活を創造する」というコンセプトが生まれ、

それらをお手伝いするために、「提案」し「需要を開拓」するという

基本の考えかたが決まっていきました。

そして、それらを代表するポリシーとして「手の復権」を掲げました。  


しかし、最後の難関が待っていました。

「商品をどこから仕入れるか」です。

不動産会社に、商品の仕入れルートの知識などあるはずがありません。

一般的な知識として、商品はメーカー・問屋・代理店などから

仕入れることはわかっていましたが、「どういう商品を、

どの問屋さんが扱っているか」がわからないのです。

必然、職業別電話帳を見て電話をすることになります。

しかし、まだオープンもしていない「東急ハンズ」という

名前を存知なはずもなく、相手にしてもらえません。

話を聞いていただけても、単なるホームセンターや

DIYショップではない、新しいタイプの店舗のコンセプトなど、

分かれというほうが無理でしょう。ましてや、不動産会社の

従業員が小売店の仕入れの話をするのですから…。

「面倒なことには関わりあいたくない」と思われて当然です。

そのため、話を聞いていただけるメーカー・問屋さんを

一軒一軒訪問し、「東急ハンズ」を理解していただけるよう説明し、

商品を拝見させていただくということを、来る日も来る日も繰り返し、

そして、一点づつ商品を集めるという、気の遠くなるような努力の末、

1万を超える種類の商品が集められたのでした。

専門的な商品は、使っている人が売ればいい
ところが、まだやることは残っています。そうです。

店舗の従業員の確保です。 専門的な商品について十分な

説明をするわけですから、それらの知識と経験を持った従業員が必要です。

新聞広告で応募を募り、知識や技能を持った人材が集められました。
 

しかし、募集によって集められた大工職人や機械工といった方たちは、

お店の従業員としての勤務経験などありません。

そのため、接客の基本・品物の陳列の仕方・梱包・レジスターの

操作など初歩的な事柄についての研修に、多くの時間が割かれました。

さらに、コンサルティングの充実という観点から、

「お客様のご要望にお応えすることを最優先に考える」ことが大前提で

あることも徹底されました。
 

そして、接客業の経験のない「接客の素人」である彼らは、

この「お客様第一」の方針を素直に実行しました。

「素人である」という欠点が、「親切な接客」という特徴になったのです。

こうしてみると、「東急ハンズ」は、前例を知らない「素人」ならではの

自由な発想によって、独自の個性を持った「全く新しいお店」

としての歩みを始めたことが分かります。

「欠点・弱点」は、むしろ「武器」に変わりました。