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 ある日の休日。自室のドアを開け、母が顔を覗かせた。

「葵。ご飯よ。疲れてるのは分かるけど、お休みだからっていつまでも寝てないで起きなさい」

時刻は九時を回っていた。昨日まで八日連続で出勤していた私は食欲も忘れるほど疲れ果てていた。四日前パートの田辺が風邪で倒れ、急遽私が代わりに入ったのだった。社員はパートやアルバイトの穴埋めもしなくてはならないので、休みの日でも急に呼び出されることが多いのだ。

「ご飯いらないから、もうちょっと寝かせて」

「何言ってるの。だめよそんなの。ただでさえ最近痩せてきてるんだから、ちゃんと食べないと。ほら、起きなさい」

 母が布団を剥ぎ取り、カーテンを勢いよく開けた。陽光が矢のように鋭く部屋に差し、私の目を射抜いた。目の痛みが力ずくで私を眠りから引き摺り出した。普通の人には爽快な陽光も、私には恨めしいものでしかない。しぶしぶ起き上がると、部屋を出て階段を降りた。頭が働かず、身体は鉛でできているかのように重く、鈍い。気を抜くと足を踏み外して転落しそうだった。

父は既に出勤しており、また一人での食事だった。我が家では食事はできるだけ家族全員でとるようにしていたのだが、私が慣れない仕事で疲れ切っているため、私が遅番や休みのときは殆ど朝食を一緒にとれていない。申し訳なく思うが、疲労には勝てない。

崩れ落ちるようにテーブルに着き、食事を口に運んだ。食べることさえ億劫で、いつもよりずっと時間がかかった。母の手料理は好きなのに、あまり美味しいと思えない。母は心配そうな面持ちで私を見詰めていた。

「ごちそうさま」

 ようやく食べ終え、食器をシンクに片付け部屋へ戻った。ドアを開けると、机の上に置かれた、パソコンで絵を描くためのペンタブレットが目に入った。薄らと埃を被っている。大学のサークルに入ったばかりの頃、アルバイト代で購入したものだ。大学生の頃はほぼ毎日のようにこれを使って絵を描いていた。描いた絵はサークルの仲間に見せたり、自由に絵を投稿できるウェブサイトに投稿したりしていた。何のためにしているかなどどうでもよく、ただそれが楽しかったのだ。

絵を描くことの楽しみの一つに物語の創造があると私は思う。例えばガラスのコップを描くとき、中に注がれる液体は何かを想像する。仮に中身がウイスキーだとすると、それは何故数ある飲み物の中から選ばれ、注がれているのかを考える。飲んでいるのは誰だろう。強い酒が好きというと、三十代か四十代の男性だろうか。どんな気持ちで飲んでいるのだろう。仕事終わりで疲れているのか。飲み方は何が好まれるだろうか。そんなことを考えながら絵を描いていくと、自分が紙やパソコンの画面に物語を吹き込んでいるような感覚が味わえる。コップの絵から始まったのに、いつの間にか中身を描き、テーブルを描き、男性のごつごつとした手を描き、背景を描き……。白い紙が埋まり、立体的な物語が浮かび上がってくるのだ。煙草の吸殻と灰皿なんかを描いてみるのもおもしろい。「酒を飲むときに一緒に煙草を吸うと美味しい」と喫煙者の友人が言っていたから、きっとこの男性にとっては至福の時間に違いない。煙草の銘柄は何だろう。火を点ける道具は何を使用するのだろう。想像しているうちに、絵が生きた物語の色を帯びてくるような気がするのだ。そして、身の回りにある様々なものに興味が持てるようになる。ありとあらゆるものを、「これを絵のモチーフにするとしたら、そこにどんな物語が生まれるだろうか?」ということを考えながら見るようになる。先ほどの例なら、酒や煙草の銘柄やライターの種類を知りたくなるし、酒を飲む男性のしぐさなどを注意深く観察したくなる。目に飛び込んでくるすべてものが何かを語りかけてきているようで、日々が鮮やかになるのだ。学生の頃の私は人生に対し積極的だった。楽しかった。幸せだった。

 今は世界が色を持たない。自分を取り囲むものに関心を払ってなどいられない。日々の業務に追われているだけだ。矢継ぎ早に飛来する仕事を一秒でも速く、ミスなく片付けることに全神経を集中しなくてはならない。怯え慌てながら日々を送る私に、世界は何も語りかけてこなくなった。それは悲しいことのはずなのだが、悲しいと思えない。心が麻痺してしまったのか。

 絵を描こうという意欲は消え失せ、休日は食事と入浴以外は部屋に引きこもり、ベッドに横たわってばかりいる。せっかくの休日だ。何かしなくてはもったいないと思うのだが、体力が奪われ、何もする気にならない。それに、何かに熱中したところで、どうせ数時間後には翌日の仕事に気を煩わされている。それなら何をしても無駄だとしか思えなかった。

 時刻は十時を少し回ったところ。大丈夫。まだ午前中だ。もう少しの間平穏でいられる。静かな部屋で、再びベッドに倒れ込み、深く息を吐いた。もう少しだけ――。

 突然携帯電話が鳴った。木の机を震わせ、静寂をこれ見よがしに叩き破る。メールが届いたようだ。一瞬で息が浅くなり、苦しみを私に与えた。幸福な時期への回顧も静寂と共に破り捨てられ、代わりに現実への怖れが私を包み込む。一体誰だ。休日出勤だけは勘弁して欲しい。金棒で打ち叩かれるような心音を感じながら、メールを開いた。店長からだった。

「沼田が体調不良で出勤できなくなった。代わりに午後から売り場に入れ」

 それだけ書かれていた。胸まで上がっていた緊張が、吊るされている糸を切られたように、どすんと腹に落ちた。それと同時に現実を受け入れたくないという思いが広がっていく。

「休ませてよ……。今日店長も休みなのに、何で私が出なきゃいけないの?」

 口ではそう言っても、手は「かしこまりました」と打ち、返信している。なんと勇気のない。だが拒否すれば何を言われるかわからない。

 だが、やはり行きたくない。八日ぶりの休みだったのに。今日休みが潰れれば、六日後まで休みは来ない。十四連勤だ。二週間ぶっ通しで働けと言うのか。

 結局、その日は吐き出すことのできない恨めしさを抱えながら仕事に向かった。こんな調子だから、休みの日もいつメールや電話で呼び出されるかに恐怖している。携帯電話が振動する度に、たとえそれが友人からの連絡であっても心臓が跳ね上がるようになった。

 

毎日震えながら職場に向かい、震えながら仕事をこなす。仕事を終えて職場を出るまで安堵する瞬間は訪れない。そして、その安堵も僅か数時間で眠りに就き、また怯えが目を覚ます。休みを挟んだときは、安堵が少し長く続くだけ(その少しだけ長い安堵さえも、突然奪い取られてしまうことがある)。毎日その繰り返しだ。こんな日々を三年も続けられるのだろうか。考える度に自信がなくなってしまう。だが今転職などする勇気はない。まだ入社して十か月だ。今仕事を辞める選択肢などあり得ない。大学を卒業したばかりとはいえ、どんな会社が、入社一年未満で退職する根性なしを雇ってくれるというのか。新卒の肩書を失くした私の社会的価値などゼロに等しい。いや、一から育成しなくてはならない時間やコストを考えるとマイナスだろう。だから、ここで耐えなくてはならない。耐え続けていれば、自ずと精神が強靭さを増していくはずだ。

確かに今は辛い。一人でいると「死にたい」という言葉が、気付けば勝手に口から洩れてくる。自分がただの邪魔者であること、その負い目が周囲の攻撃を大きくしていることが、苦しい。結局はすべて自分の責任なのも知っている。だからこそ、辛いのだ。他のスタッフからの攻撃も仕事のできない自分が招いたことで、他者に責任を転嫁することなどできないから、苦しいのだ。すべて自分が悪いから、自分を殺しでもしない限り逃げられない。それに今ここで逃げだしたら、一生逃げ続ける人生を送ることになるだろう。私にはここしかないのだ。ここで耐え続けるしか、生きていく道はないのだ。せめて「社会人経験を積んだ」と人に言えるようになるまでは、耐えよう。耐えてしがみ付こう。何が何でも。