★1分で読める短篇小説『ゾウの浜子は知っている』 | 1 分で読める短篇小説

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★1分で読める短篇小説『ゾウの浜子は知っている』
作:南野モリコ

ジャンル:泣けるコメディ
ストーリー:幼い頃、迷子になった動物園で、今度は両親が迷子に・・。



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「迷子のお呼び出しをします。第一小学校1年2組の榊原ヒロミちゃん、榊原ヒロミちゃん、お父さんとお母さんがゾウの浜子の前で待っています」

家族を乗せた車の中で、親父とお袋は俺が子供の頃の話を面白おかしくしていた。今向かっている動物園で俺が迷子になった時の鉄板エピソードだ。

「ヒロミちゃんだって。超ウケるー」
ワンボックスカーの後部座席で娘の由美がゲラゲラ笑っている。

「何で男の子だって言わなかったんだよ。それに、学校名まで言う?おかげで学校中の笑いものだよ」
「いい思い出になってよかったじゃないか」
「なんでゾウの前で待っていたの?」
「ヒロミはね、ゾウの浜子が大好きだったのよ。ラッパを吹いたり、旗を振ったりするのを何度もせがまれて見に連れて行ったわ。ね、ヒロミちゃん」

お袋にからかわれてムカつく俺を、助手席の妻めぐみが「スマイル、スマイル」となだめる。

夏休みに動物園なんて、本当はうんざりなのだ。でも家族の時間には終わりがある。実際、中一の長男は部活で来ないし、由美も小5だ。夏休みにこうして出かけるのもあと何回あるか分からないんだよな。

入場ゲートをくぐると、俺は「3時にゾウの前に集合な」と自由行動を決めた。
そして、1人でゾウの広場に直行し、時間までベンチで昼寝することにした。



「あ、パパもう来てる」
めぐみと由美がやって来た。時計を見るとまだ2時半だ。

「由美がクレープを食べたいんですって。お義父さんたちとは、途中で分かれたわ。携帯に電話してみたら?」

何度も通った動物園だ。迷うことはないだろ。そう思っていたが、3時になっても親父とお袋は現れなかった。30分過ぎても来ない。
心配になって携帯を鳴らしてみた。20回以上、コールしても出ない。一旦切って、もう一度鳴らすが、出る気配がない。






「もしかして、迷子?」
由美が面白がって聞いた。
「大丈夫だろ」
もう一度、鳴らしてみたが出ない。
俺は以前も親父が何度、鳴らしても携帯に出なかったことを思い出した。

「たく。何のための携帯だよ」
お袋は携帯すら持っていない。
「でも、場所は分かっているのに、この時間になって来ないなんて変よ」
めぐみが心配そうに言う。時計はもうすぐ4時だ。

「パパ、私が見て来ようか?」
「バカ!こういう時にちょろちょろ動くな」
大人ぶりたがる由美に、つい怒鳴ってしまった。

「こうなったら、これしかないな」
俺は、総合案内所に行き、紙にペンを走らせて渡した。しばらくして、アナンウス音がした。

「ピンポンパンポーン。ご来場のお客様のお呼び出しを申し上げます。株式会社スギヤマ商事営業部長の榊原敏彦さん、榊原敏彦さん、イケメンで成績優秀でとってもとっても親孝行の息子さんが心配しています。至急、携帯電話にご連絡下さい。ピンポンパンポーン」

めぐみが吹き出すと、俺の携帯が鳴った。
「ヒロミ、なんだ今のあれは!」
「だって、何度電話しても出ないんだもの」
「お前たち、どこにいるんだ。もう1時間もゾウの前にいるんだぞ」
え?
「俺たち、ゾウの前にいるよ。2時半頃から」
「ウソ言え。お前、ゾウの場所も分からないのか?」
俺は、少し動いて見回してみたが、親父たちの姿は見当たらない。
「あんなに何度も連れて来てやったのに」
「ちょっと待ってよ」
短気な父親をなだめながら、
「右にクレープ屋さんが見える?」
「クレープ屋だぁ?。昔からゾウの右側は、サル山だ」
サル山?
「親父、そこはゾウじゃないよ」
「何言っているんだ。俺が場所を間違える訳ないだろ。ほら、ちゃんとゾウって・・・」

親父は何かに気付いたようで、場所を間違えていたことをようやく認めた。

俺はほっとして電話を切った。間もなくして、親父とお袋は、悪びれることもなくゾウの広場にやってきた。
「いやあ、間違えてサイの前で待っていたんだよ。しばらく来ない間にここも変わったなぁ」

親父もお袋も楽しそうに笑っていたが、俺は笑えなかった。この動物園は、俺が小学校1年の時からひとつも変わっていない。

親父たちを待っている間、ゾウの柵にある札を見たのだ。
「浜子。昭和40年に来園しました」。
俺は思わず、近寄ってゾウを見た。浜子、お前だったのか。懐かしい記憶が蘇った。浜子は今もこの動物園で頑張っていた。でも、親父とお袋は、この広場を忘れるくらい年をとってしまった。

駐車場に戻る途中、めぐみが言った。
「家族との思い出が人を豊かにするのよ。今日の出来事も、いつかあなたを支えるようになるわ」

車の中で、俺は一言も口を利かなかった。
「パパ、どうして黙っているの?」
「私たちを怒っているのよ」

お袋がそう言ったきり、車の中は静かになった。
俺は、怒っていたんじゃない。泣いていたんだ。





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★1分で読める短篇小説『夏至』作:南野モリコ

ジャンル:恋愛、サスペンス
ストーリー:3年前に別れたという夫の愛人からの手紙が妻を狂わせる・・。


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