まずは生存のご報告をば。
夷月は現在、千葉県北部、茨城に近い位置に住んでいますが被害は比較的軽く、水も井戸なので日々の生活には恵まれている方です。車の右前後輪の地面が割れて片側が埋まった時は唖然としました。
海からも遠いので津波の被害に脅える事もなく、寒さに震える程度。当時は電気も止まっていて事態を把握できず、ただただ生存を喜びました。
2つ目のご報告です。
平成23年3月13日(日)午前6時42分。
父が永眠いたしました。
地震が直接の原因ではありませんが、停電による酸素を清浄にする機械のストップ。
脳への酸素が欠如したために意識が不明、心肺停止となり、救急車で病院に運ばれ機械で生命を繋ぐも意識は戻らず、上記の日程に死亡が確認されました。
父は昨年の7月10日に病院に運ばれまして肺の手術を行い、1ヶ月半程度入院していました。
同年9月1日に退院しましたが、入院生活による体力の低下、手術後という事でロクに歩けず、今月11日の大地震まででかなり足腰は衰弱していました。
そのため、いつ逝ってもおかしくはないのではないかと思っていましたし、意識不明で医師からも危険な状態だと聞いて覚悟は決めていました。
ショックはあるものの、1人息子なのでいつまでも落ち込んでいられないと今月18日、通夜と告別式、火葬を終えて踏ん切りはつけました(式場も予約が多く、日はかけられないため通夜と告別式を同日に行いました)。
本当なら自分も被災地のために募金、節電をすべきなのですが、ロウソクの火は危険だという事で電気を、葬儀費用などでの金額も厳しい状況であり最低限の支援すらできなかった事をお詫びいたします。
こちらの状況が落ち着くのもまだしばらくかかりそうですが、一段落すれば募金などできる事をしていくつもりです。
願わくば、早い復興と1人でも多くの方の生存を。
最後に更新についてですが、アクセスも日に40人強は来られていただいている様子なので、通常よりは遅くなりますが続けていこうと思います。
自分が暗くならずに気を晴らすためというなんとも自分勝手で不謹慎な理由で申し訳ありませんが、お付き合いいただくようお願いいたします。
それでは、これにて今回は失礼させていただきます。