会社に着いた僕は、そこで仕事をした。新人の僕に会社の先輩が仕事の仕方を、優しく指導してくれた。憶えることはたくさんあった。辛さもあったが、幼い僕には新鮮に感じられた。時間はあっという間に過ぎていった。日は暮れ始め、僕は会社を後にし、家路についた。帰り道の途中、僕は駅で旅行会社のパンフレットを手にした。
修学旅行に行く前のある日の事だった。たまたま立ち寄った本屋さんで中学時代の友人と逢った。中学の時に仲の良かった田中君だった。僕は、田中君と店内で立ち話をした。久しぶりだったためか、中学を卒業してから身の回りで変化した事や、友達の事などを長いこと話していた。田中君との会話中に、もう時期ある修学旅行の話になった。田中君は私立の高校に通っているため修学旅行の行き先は海外だった。田中君はオーストラリアに行くと言っていた。オーストラリアは南半球に位置し、経度が日本と近いため季節は逆になっている。今、日本では熱い夏だが、オーストラリアは寒い冬だ。そのため田中君の通う学校の修学旅行は日本が冬になった頃に行くらしい。
僕らの修学旅行の行き先は北海道だった。僕らは電車を乗り継ぎ空港まで向かう事になっていた。僕の家の近くの駅で夏海と待ち合わせをした。僕が駅についてすぐ夏海の姿が見えた。
「お待たせ。」
「俺も、今来たところだよ。じゃあ行こうか?」
「うん。」
僕らが手に持っている荷物は少なかった。大きな荷物はすでにホテル先に送り届けてあった。僕らは切符を買い、電車に乗った。
「楽しみだね。」
「うん。」
電車は僕らを空港へと連れて行った。僕は生まれてから一度も飛行機に乗ったことがなかった。今回の修学旅行で初めて飛行機に乗ることになった。僕はドキドキしていた。電車の窓から飛行機が見え、その空を飛ぶ乗り物は少しずつ姿を大きくした。空港は迷子になってしまいそうなくらい広かった。僕は夏海と一緒に集合場所へと向かった。同じ学校の生徒がすでにもう何人かいた。担任の先生の所へ行き、出席の確認をした。少しずつ、生徒が集まってきた。しばらくすると、全員が集まったみたいで、校長先生が話し始めた。それが終わると、僕らは飛行機に乗る準備をした。僕はまたドキドキし始めた。
空の旅が始まった。飛行機は滑走路を走り空へ飛んだ。しばらくして、僕の耳は気圧の変化をとらえた。僕の隣の席には夏海がいた。夏海は飛行機に少し慣れている様子だった。「初めて?」
「ううん、何回か乗った事あるよ。」
「そうなの?」
「うん。もしかして、初めて?」
「うん。」
「そっかぁ、だから少し緊張してたのかぁ。」
「えっ、」
「だって、電車に乗っている時も、あまり話してくれなかったし。」
「ごめん。」
「いいよ。」
夏海は少し笑っていた。僕は肘掛けに腕を置いていた。夏海の肘が僕に触れた。
「ごめん。」
夏海は恥ずかしそうに下を向いた。
「いいよ。」
さっき言った事の逆をやっていた。
「エヘへ。」
向こうの空港に着くと、僕らをバスが迎えていた。そのバスでホテルへ向かった。ホテルに着くとすぐに非常口を確認した。万が一の時の危険を避けるためである。少しして時間に余裕があったので、夏海とメールのやりとりをした。しおりに書いてあるとおり夏海は二階にいた。僕はその上の階の三階にいた。
“何しているの?”
そう僕から切り出した。
“友達と話しているよ。そっちは? ”
すぐに夏海からメールが返ってきた。
“時間に余裕が出来たから夏海とメールしようと想って。”
“そっかそっか。”
“あのさぁ、今日先生の見回りが終わったら、非常階段で会わない?”
“うん、いいよ。”
あっという間に時間は過ぎていった。気がつけばもう夕飯の時間が迫っていた。
“そろそろ夕飯の時間だね。”
“そうだね。”
“あっ、またその頃になったらまたメールするね。”
“うん、わかった。”
僕は友達と一緒に夕飯を食べる場所に向かった。そこで僕は、夏海と同じテーブルで食事をすることが出来た。夕食はバイキングだった。さすがに北海道といえるほど新鮮な海産物が並んでいた。みんなお腹いっぱいに食べていた。中には食い意地をはり、お皿に料理をとりすぎて残している人もいた。夕食後にはクラス毎に順番でお風呂に入る時間となっていた。少し時間があったので、ロビーで夏海と会う約束をした。着替えを持ち、急いで部屋から出た。ロビーにはまだ夏海の姿はなかった。夏海より先にロビーについてしまった。一人淋しく椅子に座っていた。しばらくして後ろから夏海の声がした。振り返ると夏海がいた。少し遅れていきたせいか、『ごめんね』という顔で僕の隣に座った。時間はやっぱり早く過ぎてしまった。お風呂に入る順番が来てしまった。お風呂から上がったらまたここで話そうと夏海と約束をした。お風呂は大きかった。お風呂の中で泳いでいる人もいた。そして、それを端から嫌そうに見ている人もいた。
お風呂から上がり夏海をロビーで待っていた。友達は売店にいったり、ゲームで遊んだり、部屋に帰ったりさまざまだった。少し離れたところで隣のクラスの男女がイチャイチャしていた。僕に少し苛立ちがたまった。しばらくして夏海の姿が遠くに見えた。
「ごめんね。髪を乾かしていたら遅くなっちゃった。」
夏海はそう言ってまた僕の隣に座った。夏海からお風呂上りのいい匂いがした。僕の心が少し和らいだ。夏海の髪は長かった。出逢った頃より少しだけ長い感じがした。時間はあっという間に過ぎてしまった。
先生が見回りをする時間になった。生徒が自分の部屋にちゃんといるかの確認をしに先生は僕らの部屋来た。僕らの名前を確認してすぐに先生は部屋を出ていった。僕は夏海にメールした。
“先生の見回りが終わったよ。”
すぐに夏海からメールは返ってこなかった。しばらくして、僕の携帯が鳴った。
“こっちもやっと終わったよ。一番後だったんだ。遅くなってごめん。”
“いいよ。じゃあ非常階段で”
“うん。”
僕は非常階段へと向かうため、部屋を出るタイミングを見計らっていた。部屋の鍵を持って、誰もいない廊下を通り、非常階段へと向かった。ドアを開けた瞬間、真ん丸の月が僕を迎えてくれた。今日は満月だった。少し階段を下りたが、まだ夏海の姿は無かった。二階と三階の間くらいの所に僕は座り、少し明るい空の下で夏海を待った。その後すぐに夏海が来た。
「お待たせ。」
夏海は少し小さな声で僕に言った。そして、僕の隣に座った。
「満月だね。」
夏海は何処か嬉しそうにそう言った。
「キレイだね。」
「うん。」
夏海が少し僕に近寄った。僕の胸の鼓動が早くなった。そして、少しの沈黙が僕らを包んだ。僕は夏海の横顔を見た。
「夏海。」
僕はそう言い、夏海は僕の方を見た。僕は夏海の目をじっと見ていた。夏海も僕の目をじっと見ていた。僕は恥ずかしくなって、目をそらしてしまった。夏海は夜空を見上げた。僕はまた夏海の横顔を見た。夏海はやはり何処か嬉しそうだった。
「あっ、流れ星。」
夏海がそう言った。
「見た?」
夏海は僕にそう訊いてきた。僕は夏海の横顔を見ていたため、見逃してしまった。
「見逃しちゃった。」
「そっかぁ、残念。」
「残念。」
僕は夏海の真似をした。
「お願い事した?」
僕は夏海に訊いた。
「あっ、忘れちゃった。」
夏海は少し落ち込んだかのように見えた。
「残念?」
僕は夏海にそう訊いた。
「エヘへ、残念。」
夏海は笑いながらそう言った。
「何をお願いしようとしたの?」
僕は夏海に訊いてみた。僕は夏海の顔を見た。
「エヘへ」
夏海は嬉しそうに笑った。その後、
「秘密。」
と、夏海は言った。
「そっか。」
僕は下を向き、少し落ち込んだ。しばらくして、夏海が僕の手の甲に手のひらを乗せた。僕の胸の鼓動が少し早くなった。僕は夏海の手を握った。夏海はまた空を見上げた。
「キレイだね。」
僕も空を見上げた。
「キレイだね。」
僕は夏海の横顔を見た。何処か夏海の目がキラキラ輝いているように見えた。
「あっ、流れ星。」
夏海がそう言った。また僕は見逃してしまった。ふと僕は疑問に思った。
‘一日に二度の流れ星が降るものなのか?’
「ホントに流れ星だったの?」
僕は夏海にそう訊いた。
「うん。今日ね・・・流星群が見えるんだよ。」
夏海はそう言った。僕は夏海が、星が好きなことに気づいた。
「たくさんの流れ星が降ればたくさんの願いが叶うのかなぁ?」
夏海がそう言った。
「あまり欲張りすぎないほうがいいよ。」
僕は夏海に言った。
「エヘへ」
夏海は笑った。
「そうだね、一番大切な願い事が叶わないと哀しいもんね。」
「うん、そうだね。」
‘『・・・一番大切な願い事か・・・』・・・なんだろう’
僕は心の中でそう想った。夏海が口を開いた。
「何か願い事とかないの?」
「うーん・・・。」
僕は少し悩んだ。
「ないのかぁ、なんだぁ。」
夏海は少し不満気だった。
『夏海と付き合えますように。』
夏海はこの言葉を期待していたのか?僕にはわからなかった。女心は難しい・・・僕はそう感じた。僕には夏海の心が何処にあるのかわからなかった。でも僕は、夏海の傍にいる事が、一番居心地良いという事をわかっていた。
「夏海・・・」
「なに?」
夏海は僕の目を真っすぐ見ていた。僕も夏海の目を真っすぐ見た。キスをするような展開が訪れた。僕は夏海の唇を見た。
「なに?」
もう一度夏海は訊いてきた。僕は恥ずかしくなって下を向いてしまった。
「なに?」
「・・・なんでもない。」