夏海の十八歳誕生日の数日前の事だった。僕は夏海にメールした。
“今日、花火見に行こう?”
僕が初めて夏海を誘った。メールはすぐに返ってきた。
“うん、いいよ。何処で見るの?”
“良い所があるんだ。”
僕にはとっておきの場所があった。
“良い所?何処?”
“それは夜になってからのお楽しみだよ。”
“わかった。楽しみにしとくね。”
“うん。じゃあ、七時に迎えに行くね。”
“うん、わかった。”
時計の針は六時四十五分をさしていた。僕は自転車で夏海の家に向かった。今日も空は晴れていた。空には星が瞬いていた。夏海の家の前に着くと僕は玄関の呼び鈴を押した。
‘ピンポーン’
すぐに玄関から夏海が出てきた。
「自転車は?」
僕は夏海に訊いた。
「えっ、」
夏海は下を向いて、恥ずかしそうにこう言った。
「私、自転車乗れないんだ。」
僕は驚いてしまった。想い返せば、今までに夏海が自転車に乗った所を見たことがなかった。
「そうかぁ。じゃあ、後ろに乗って。」
「えっ、」
夏海は驚いていた。
「二人乗り?」
夏海がそう訊いた。
「うん、二人乗り。」
夏海は僕の自転車の後ろに乗った。
「ちゃんと捕まっていてね。」
「うん。」
「初めてだね。」
「えっ、」
「夏海と二人乗りするの。」
「うん。私ね、一度も自転車に乗った事なかったんだ。実は、二人乗りも今が初めてなんだよね。」
「そうなの?」
正直僕は驚いた。
「うん。」
夏海は僕の背中にしがみついていた。
「まだ?」
「もう少しだよ。」
僕は自転車に静かにブレーキをかけ、とまった。
「着いたよ。」
「此処?」
「うん。」
夏海は自転車から降りた。僕も自転車を降り、そして停めた。そこはある川の土手の上だった。まだ花火は上がっていなかった。僕らは草の上に座ることにし、僕はポケットの中からハンカチを取り出し、夏海の座る場所に敷いた。僕は草の上に座った。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
「良い場所だね。」
「うん。」
夏海は耳を澄ました。
「虫が鳴いてる。」
「うん。」
しばらくすると、花火が一つ上がった。
「キレイ。」
花火はキレイだった。それからいくつもの花火が空に咲いた。夏海の横顔を僕は見た。二時間くらいして、夜空に咲く花は全部咲き終わってしまった。
「終わっちゃったね。」
「うん。」
「キレイだったね。」
「そうだね。」
僕は夏海の方を見ると、夏海はすでに僕の方を見ていた。空は星が瞬き、草むらでは虫たちが演奏会をしていた。少しの沈黙が僕らを包んだ。僕と夏海の間には言葉がなかった。しばらく僕と夏海は見つめ合っていた。草むらの虫たちの演奏会が終わった。次は静けさが僕らを包んだ。長い間僕らは見つめ合っていた。僕と夏海は時間を忘れていた。僕の左手を夏海の右手の手のひらが包んだ。夏海が静かに目を閉じた。僕はしばらくして、夏海とキスを交わした。僕のファーストキスだった。そして、僕と夏海の初めてのキスだった。
鳥の囀りが、僕を起こした。唇にそっと指で触れた、僕の唇は少し湿っていた。自然と僕の目から涙が溢れていた。
「夏海・・・」