ノンカフェインのお茶を飲む。
オペレーターの石田博之が来ないと仕事にならない。
玉井恭平は待機している。
糧を捨てて船を沈むじゃないけど、わが社の取締役の叱咤はものすごいもので最近残業が多い。
ぶら下がり社員の玉井も形だけは本気モードだ。
そろそろ中古のアウトランダーを買い替えたい。
クラウンロイヤルサルーンがいいけど玉井の給料じゃ厳しい。
また中古車を買うことになるかもしれない。
昭和12年創業のうちの会社は今転換期にある。
社長が後退し社長の息子が社長になろうとしている。
うちで扱っている主力製品もプロダクト・ライフサイクルで言えば衰退期に入っている。
このままいくと売上は下がる。
そこで新しい製品を扱う部門を新設しようと考えている。
ただどんな新しい製品を扱うかは決まっていない。

 オペレーターの石田がやってきた。
今日は3件の仕事をすでにやってきたらしい。
石田しか出来ないことが多いからこき使われている。
石田は黙々と仕事をしている。
玉井も仕事を再開した。
単純な肉体労働は疲れる。
最初は同じことの繰り返しで目が回ることもあった。
今は慣れたけれどやりがいはない。
毎日があっという間に過ぎていく。
毎月給料を貰うとそれを使い何かを買う。
そんな繰り返し。
何の希望もない。
出会いもない。
休日にどこかに出かける友達もいない。
だから、一人で遊ぶ。
寂しい生活をおくっている。
このままずっとこの生活が続くんじゃないかと思う。
同僚の人達が何にお金を使っているんだろうと疑問に思う。

 今日の仕事が終わった。
玉井は車を走らせて家に帰る。
家に帰ると夕食が用意されている。
作ったのは母親だ。
母親はもう寝ていることだろう。
電子レンジで温めて食べる。
ずっとこんな生活が続く。
ずっと今の会社にいたいと思う。
新しい環境になるのは嫌だ。
玉井は明日も同じことを繰り返すのだろう。
 伊東幸子が手術するそうだ。
執刀医は経験豊富なノウハウを持った奴なのか。
入院したら鈴蘭でも病室に持っていくか。
鈴蘭は縁起が悪いかな。
個人的には鈴蘭が一番好きなのだ。
辻本順子は思った。
それとも梅やきでも持っていくか。
伊東の病気は最近NHKBSの特集で見た。
肝硬変って病気だったっけ。
ちょっと違ったような。

 鈴本はキーボードが欲しくて楽器屋に来ていた。
そこでスマホにメールが来て伊東が手術をすることを知った。
伊東には日雇いのバイトをしている彼氏がいたはずだった。
スタンダードデッカーの清掃とかしているとか言っていたっけ。
この前に伊東と富士山に登山をしたときに伊東が話していた。
あの頃は元気だったのに。
登山が終わってからは居酒屋で一緒にご飯を食べた。
伊東はチンザノ・カシスを注文していた。
伊東は金子珠美に似ていると職場で言われたと言っていた。
スティーヴンスン・ロバート・ルイスの小説を私に薦めてきたっけ。
最近サイドハンガーセットを買ったとも言っていた。
そんな伊藤幸子が手術するそうだ。
 女子の一人が男性芸能人のMが好きって言っていた。
昨日のテレビにそのMが出演していたらしい。
平林剛とMの見た目は似ていない。
声も似ていない。
平林はまだ中学生だ。
自分の容姿が良いのか悪いのか分からない。
大人になるまでにまだ変わるところもあるだろうし。
けっこう自分も悪くはないんだけどな。
心の中で呟く。
ただ本人はその言葉は本意ではない。
ただ言ってみただけだ。

 家に帰ってお風呂に入る。
バスタブの突起物が金属で出来ていてそこに歪んだ自分の顔が映る。
自分が分からない。
自分の成長に期待するわけでもなく日々を過ごす。
芸能事務所に光るものがあると判断されたであろうMと自分は何が違うのか。
選ばれるなんて経験がない。
このまま誰にも見出されずに生きることになってしまったらどうしよう。
平林には分からないことが多い。
周りの大人も何も分かってないんじゃないかと思う。
平林には好奇心が宿っている。
それが開花するときは来るのだろうか。