三十年前のあの日。
夕子ちゃんの中にある死を育んだのは私なのだ。

私という子供に出会ってしまったが故に、彼女は暗い土の中に埋もれてしまった。



夜が明ける時間だというのに、空はべっとりとした紺色だった。
あんなに綺麗に見えていた月も、雲に隠れてしまっている。
今日は雨になるのだろう。

遠い昔に失われてしまった夕子ちゃんが、泣いているに違いない。
-fine-

私は思う。
人はこの世に生を受けたとき、同時に死の種も持って生まれてくるのではないだろうか。

歳をとったり、大きな病や怪我を糧にそれは育っていく。
しかし人間の目に見えない危険をも吸収してしまうとしたらどうだろう。

例えば高速道路。

猛スピードで走る車の群れに入った瞬間。
眠気、油断、第三者からの衝突。
あらゆる要因が死の種を急速に育む。

本人がどんなに健康体であろうが、種が開花してしまえば事故という形で死が訪れるのだ。

-To Be Continued-

――― 一緒にいてね ―――



地上を叩きつけるかのような雨音に紛れて、夕子ちゃんがか細く呟いた。


その瞬間―


閃光と共に、空気を引き裂くかのような轟音が鳴り響いた。
それまでおとなしくしていたマルが穴の外へと走り出す。



「マル!」



私と夕子ちゃんの声は天災の前にかき消された。



「待ってて、マルを連れ戻してくるから」



夕子ちゃんの返事も待たずに、私は嵐の森へと走った。
夕子ちゃんが後ろから何か叫んでいた………ような気がする。
………マルを連れ戻す、と私は言った。




そうだったのだろうか。

本当は恐怖に耐えかねて、夕子ちゃんを置いてでも逃げ帰りたかったのではないだろうか?




どんなに今さら悔やんでも、もう取り返しはつかない。

ほんの一瞬の出来事だったのだ。
私が防空壕から出て、50メートルもしないうちに、雷とは違う不気味な大音がした。



恐る恐る振り返って見たものは、土砂に埋もれた防空壕だった………。

-To Be Continued-

肝試しの夜以来、毎晩夕子ちゃんと防空壕で遊んだ。

時にはあんなに怖がっていた森を、マルと一緒に走り回った。
持ち寄ったお菓子を食べながら、たくさんの話をした。
あれほど楽しかった夏は、もう二度とないだろう。


夏休みも残りわずかとなったある夜のことだ。
私はいつものように防空壕で夕子ちゃんと遊んでいた。
時間もだいぶ遅くなり、さあ帰ろうとした矢先、突然の大雨が襲った。

後にも先にも私の田舎で、これほど記録的な豪雨に見舞われたことはない。
私一人なら強引に濡れて帰ることもできたが、病気である夕子ちゃんを連れて
雨の中走るのはためらわれた。


雨はどんどんと勢いを増し、やがて防空壕の中にまで雨水が入ってきた。
怯える夕子ちゃんを勇気付ける余裕もなく、私はただ彼女の手を握っているだけだった。

-To Be Continued-

幼かった私は友人に置いていかれた寂しさと知り合いに会えた安堵から、
今にも泣き出しそうだった。

真っ白になってしまった頭に、一つの疑問が激しく点滅する。



(どうして夕子ちゃんがここにいるのだろう?)



夜の森、さらにその奥にある防空壕の跡。
大人だって耐えられない気味の悪さだ。
だいたい悪ガキだった私ならともかく、お嬢様を絵に描いたような彼女にとっては、
この場所はほとほと似つかわしくない場所だった。



「どうしてこんな所にいるんだろう、って思ったでしょ?」



考えを読んだかのように夕子ちゃんが言う。



「うん………それに、その犬………」

「マルって言うの。私が飼ってる犬。夜は誰も遊んでくれないでしょ?
 だからマルと一緒にいるの」



地面に置いてある懐中電灯の明りを避けるように、大きな犬が座っていた。
私達を怯えさせた声の正体はマルのものだったらしい。
雑種………だったと思う。暗がりで、しかも犬の種類なんてろくに知らなかった私だ。
彼女の言葉がなかったら、犬と判別することすらできなかったかもしれない。



「私ね、夏休みの一ヶ月くらい前から学校休んでたでしょ。
 今は元気だから信じられないかもしれないけど、すごい大変な病気にかかっちゃったの。
 後天性……難しい名前だから忘れちゃったけど、お日様にあたると具合が悪くなっちゃうの」



これも大人になって知ったことだが、何万人に一人の奇病だった。
医学が発達した今ですら治療法はない。
可哀想だった。そんな病気にかかったのは彼女のせいじゃない。



「少しづつ………少しづつ慣らしていけば、いつかまた太陽の下でも遊べるよ」



必死だった。
私が夕子ちゃんを好きだったからだけではない。
たった十歳の子供の身体を蝕む理不尽な運命を、子供ながらに憎んだのだろう。



「最初は夕方とか、明け方とか。陽が弱いうちならきっと大丈夫だよ」



困ったように、それでも嬉しそうに微笑んだ夕子ちゃんの顔が忘れられない。



「うん……でも、やっぱり具合悪くなるの怖いから。夜でも私と遊んでくれる?」



私は力強く頷いた。
時間はある。ゆっくり治していけばいいのだ。
そんなふうに考えていた。

秋が来る前に、彼女と別れることになるとも知らずに。

-To Be Continued-