その日は朝から何かがおかしかった。昨日眼科で度数を一段階下げたコンタクトレンズを選んだからかもしれない。世界がどことなくぼやけていて、近視眼的に(まさに)手元がよく見え、遠くはぼやけて見えた。 神保町で、敏腕弁護士先生が講師をする法務セミナーに参加するために早々に残業を切り上げ、会社を後にした。 秋から着ている紺色のトレンチコートの下には黒のテーラードのジャケットを着ていたが、タイで買ったシルクのストールでは首もとが寂しく、会社の通用門を一歩出たところで最初に吹いた風に私はぶるるとひと震いして、首をすくめて歩き始めた。 「セミナーに行く前に、何か食べておかないと」と思い、一人では決して行くことのないマクドナルドに入った。 今思うと、マクドナルドに一人で行くというところから、今日のおかしさは始まっていたのかもしれない。いや、頼まれていたプレゼンテーションのスライドを忘れていたこととか思い返してみれば、気持ちの悪い集中力のなさは、朝から始まっていたのかもしれない。 夜7時過ぎのマクドナルドは、やけに人で溢れ返っていた。老舗百貨店を出てお茶する老女達や、会社でのささいな愚痴を言い合う OLもいた。自分の頼んだ古びた座布団のようなハンバーガーを載せたトレイを持ってカウンターに座ると、ガラスのしきりの向こうにやけにニキビだらけのサラリーマンが、いつもそうしているように大きなハンバーガーをかじりながらパソコンで仕事をしていた。 私は彼のニキビとそのキーボードの脂が気になった。 味のしないチーズとパンの座布団を口に押し込んで、早々と店を後にした。入り口付近でゴミ箱にトレイを突っ込んでゴミを流し捨てていると、遠くから店員の「ありがとうございました」という声が聞こえた。 私もあの店員も、お互いの顔を認識もしていないのでそのありがとうございましたという言葉は、誰にキャッチされることもなく宙に浮いて、一瞬、私と店員の間に居心地悪そうにして、そのあと空中分解した。何もなかったかのように。スマイル0円よりも、空中分解する言葉の分解のための廃棄物処理コストの方がかかるんじゃないかと私は思った。 そんなことを考えながら、気がつくと地下鉄は神保町についていた。私は地下鉄が苦手だ。たまに考えるでもない考え事をしながら乗っていると思わぬ方向に連れて行かれるときがある。それはただの注意力散漫だと、周りは言うだろう。だけど、私はそれがなんだか地下鉄の車両に引き込まれた人たちの残留している思念が、無防備な状態の私を乗り物として利用したのではないかと密かに思っている。特に、虎ノ門と銀座周辺ではそれがある。きっとそれは、関東大空襲から戦後までで、(今では東京の最も華やかなお金が集まる)数寄屋橋の橋の下に、3歳にも満たない子どもの死体がたくさん浮かんでいたからだ、と私は思っている。彼らの魂はまださまよい続け、銀座の地脈にしみ込み、金や地位や名声の循環を生み出しているに違いない。だから私は銀座に行くと道に迷う。磁場がおかしいのだ。 神保町の駅は、そういった銀座の地下道の薄気味悪さというよりも大きな下水道にもなりそうな天井の高い無機質な気配がする。何百メートルも歩いてようやく地上に出ると、日本橋より広い神保町の空が待っていた。東京は、駅を一つ隣にするだけでも、空の広さが違う。 セミナーは退屈ではなかった。私自身も、一年前は中国の中小、いや零細企業との紛争処理の手伝いをしていた。今日のセミナーのテーマはそういった国際紛争をテーマにしたものであったからいつもよりかはいくぶん身近に感じた。 ただ、またそのセミナールームの中でも、遠くの見えないぼんやり感が私を覆っていた。 どことなく、エネルギー体としての私が、地面から数センチ浮き、そして天井を抜けることもできず、”すきま”に閉じ込められているような気がした。あの「ありがとうございます」のように。 セミナーの途中で、友達から晩ご飯に行かないかという誘いのメールが入った。終わったら渋谷か、、、。 私は頭の中で、何層にも重なる東京の地下鉄の線路図をイメージした。クモの巣とは言えない。まるでパイ生地のように層になっている。(そこで、アップルパイを作ろうとして週末に群馬でりんごをたくさん買い込んだ ことを思い出した。) 講師の弁護士が最後10分延長で駆け足でケーススタディの内容を解説し、拍手で講義は終了した。私は、机の上のものを手持ちの紙袋にかき込んで、足早に会場を出てエレベーターに乗り込んだ。 私が一番乗りだったので、エレベーターの一番奥に入った。幸い、身障者用のボタンが右側面も左側面にも付いているタイプだったのでほっとした。 なぜなら、法務のセミナーでの私の通説は、「誰も《開く》ボタンを押さない」ことだ。いや、法務のセミナーだけじゃない。《開く》ボタンを押してくれるのは、会社の中だけのような気がする。 麻布十番の駅でも、百貨店でも、私はよくはさまれるのだ。別にエレベーターにかけこもうとしているわけではない。だけれども、誰も《開く》は押さない。 今日も私の通説は、通説として成立した。誰も、何もしていなかった。ふと隣を見ると、見たことがあるような男性が立っていた。法務のセミナーなので、どこかで会っているかもしれない。私は思い出せなかった。 天井の高い地下道を走ると、ハイヒールの音が響いた。走っていると、すこし自分の「宙ぶらりん」が戻ってくるような気がした。 息をきらして地下鉄にすべりこむと、何も起こらず当たり前に地下鉄は渋谷駅まで私を運んでくれた。私は1つ手前の駅に着いた頃から、右手に切符を持っていた。 ICカードが便利とは分かっていても、回数券がお得な気がして回数券を買ってしまう癖がこのところついてしまっていたからだ。 その頃から「何かが足りない」においが私のバッグから漂ってきていた。火傷の薬が入っている処方箋薬局でもらった紙の袋がやけにだらしなく目に入ってきた。逆に、つっこんでいたハンカチの柄がよく見えた。イブサンローランの黒と白のチェックのハンカチだった。さっきまでは、気にも留めなかったのに。 私のいやな予感は的中した。その瞬間、探さなくても”なにが起きたか”分かった。 携帯電話がなかった。私には既にもうそれがわかっていたが、バッグと紙袋をひととおり探してみた。ハンカチの折り目の隙間、セミナー資料のファイルの中。不思議と、そんなふうにしてかき混ぜればかき混ぜるほど私の頭の中もかきまぜられて、焦りとパニックが呼び寄せられているような気がした。 ひとまず、そんなパニックが浸食し始めている頭で、財布の中に入れているテレフォンカードの枚数をカウントしていた。それはセミナールームの会場に電話するには十分な枚数であることはカウントしなくても明らかだった。ただ、問題は、「公衆電話がどこにあるか」だ。 探しまわらなければならないのではないかと思うと、テレフォンカードのことを思いついたことでおさまっていたパニックが胃液のようにあがってくるのを感じた。 いっそ、改札の外に出て探そうと思った。すると、なんと切符がない。口の中で何かに対して儀礼的に罵ったあと、私は大人しく駅構内の地図を眺め、やけに冷静に、電話のある場所に歩いていった。まるで、前からそこに電話があったことを知っていたかのように。 セミナールームにかけても、コール音は回数を重ねるばかりだった。括弧で(代表)と書いてある番号にかけているのだから誰もいないセミナールームの、昼間はワンコールでとられるべき電話が、むなしく鳴っている図が容易に想像できた。 私は渋谷で待っている友達(なぜかカラオケルームにいるというメールが、私が今日読んだ一番最後のメールだった)のところまで行こうかとも思ったが、渋谷のスクランブル交差点を越えて、酔っぱらっているかもしれない友達とその見たこともない友達に挨拶する元気は私にはなかった。 そのまま地上にあがり、タクシーでセミナールームまで戻ることにした。あの神保町の地下道の長いことといったら、考えるだけでハイヒールを投げ捨てたくなる。 乗り込んだタクシーの運転手は、無口な男性だった。私が事情を説明して、少し明るく振る舞ってみても、何も返答はなかった。ただ、「携帯、あればいいですね」と言っただけだった。 皇居の正面を私を載せたタクシーが通り抜けたとき、その運転手がぼそっと言った。「歯車がずれているーーー」 私は一瞬聞き取れなかったので、聞き返した。「運転手さん、今、なんて?」 すると、運転手は一瞬こちらを向いて「歯車の動きが変わってきているんです。何かのサインかもしれないーー」 私が、運転手が、最初に見たときより少し若返っているような気がした。少し奇妙な発言ではあるが、私はなぜかそのセリフに救われた。 少しだけ謎な運転手が運転するタクシーは、セミナールームの入っている大きなビルの前に止まった。入り口の回転扉はまっくらで消灯し、眠りにはいっているようだった。眠りにはいっている、というよりも、電源の入っていない夜の回転扉は丸みを帯びた部分が何かの生き物の卵を宿す部分のようで薄気味悪かった。 入り口が当然にしまっていることを確認した後、私は従業員用の通用門を探してビルの周りを一周した。人がいない歩道に、一人ポケットに手をつっこんだ男性が歩いてきたので声をかけて尋ねようと思ったが、耳に大きなヘッドフォンをつけていたのでやめた。よくあれだけ公共の場所で自分の私的な空間を大事にできるなとその個の領域の線引きが確立されていることにいつも感服する。私は、道を歩くときは左側のイヤホンしかしていない。危機管理の意味で。 すると、光がこうこうと漏れている従業員用の通用門を無事発見した。走って中にかけこむと、原子力発電所のモニタールームのような警備員室があった。私の顔を見るなり、一人の警備員が「携帯でしょ」と言った。 私は「そうです!ありましたか?」と答えるとその警備員は、少し試すような表情で「何色ですか?」と聞いてきた。「ピンクのです」と即座に答えると、警備員はにんまりして「やっぱり。でもここにはないよ。今日は渡せない」と言い放った。 私は事情を一通り聞いたが、納得できず、どうにか今は無人になっている6階の事務局室から携帯を奪回してきてくれるようその警備員に懇願したが、即座に却下された。まず6階に入ることが無理らしい。(本当は入れると思うのだが) 私の交渉は失敗に終わり、明日、電話で確認後どのような手順をふめば私の携帯が本来の持ち主である私の手元に戻ってきてくれるのかを確認した。 ビルの1階の警備室で、入れないという6階にぽつんと保管されている私の携帯のことを思うと、なぜだかとてもかわいそうに思ったし、また、気のせいなのは分かっているが、着信やメールがたくさん入っているような気がした。 もはや垂直に1階と6階という最短距離まで近づいたにも関わらず私は携帯を背にその場を去らなければならないという事実を受け入れた。 それから警備員にお礼を言い、ビルを出た。 携帯と私との間には、糸電話の糸がついているような気がした。離れれば離れるほど、地下に入り、エスカレーターに乗り、階段を上り下りすればするほど、糸がどんどん伸びていくような気がした。同時に、糸に”たまむすび”ができて、音が聞こえなくなっていくような気がした。 携帯側の糸電話の話し口には、大事な人が話しに来てくれているような気がした。おーい?と話しかけて、きょとんとして、そのまま去っていくような気がした。たった数時間のことで、明日になればまた手元に返ってくると分かっているのになぜかそんな想像ばかりしてしまった。(そして明日、着信やメールがさして無い画面を見て、ため息するのだろう) 糸電話が全く機能しないということを認めると、なんだか少し身軽になったようだった。 電車の中で携帯をさわっている人に比較して、私には彼らが持っている「とりつかれた影」のようなものが無いように感じた。影のない私ーーーー。 携帯というのは、もしかすると私たちの影なのかもしれない。時に願望を、時に妄想を、時に杞憂を、しみ込ませ、後をつけてくる影。 影からは自由になれる。本当の影は、太陽の下だけでいい。

ギシギシとフローリングの床のきしむ音が、

もたれた背中の壁から伝わってきて、

沙緒子はネネが帰ってきたことに気が付いた。


最近は、ネネの帰りが遅いから沙緒子は、

ipodのイヤフォンを耳につっこんでベッドの上にいることが多い。

自分が心地よいかどうかもわからないような深い眠りの井戸の底から

急に望んでもいない意識の世界に引き上げられるのが苦痛に感じたからだ。


その日は、なんというわけでもなくダウンロードしたラジオをi podで

聞きながら、壁にもたれて本を読んでいたので、ふっとその

我が家への帰還を無事に果たしたネネの気配を振動で感じ取った。


耳にイヤフォンをつっこんでいる日にネネが帰ってきても

沙緒子は「おかえり」の一声を発さないようにしていた。

それは、特に理由もなく。“なんとなく”、億劫だったのだ。


ただ、その日は、いつもとそう大差もないその日は、

沙緒子は足を伸ばして本を読んでいる姿勢から何一つ変えることなく、

当たり前のようにイヤホンを右耳と左耳の両方から外した。

音漏れしているラジオのパーソナリティの声がやけに陽気に聞こえた。

「最近の若者について」比較的若者が語り合うことがメインのラジオは

かつては自分の好きな曲が流れそうであったり、同じような人種の人間が

投稿している番組とは違って、沙緒子にとっては

くだらない合コンの横で、なんだか自分が“惹かれそうな”会話をして“そうな”

男同士のテーブルの声に全力をかけてその内容を聞こうとしている感覚に似ていた。


「頭がいい」であろう男たちのバカ話。これが沙緒子にとっては求めているものだった。


結局は、自分は “まだ”そこに居れないということをわざわざ分かりに行くかのように

沙緒子は自分で停止ボタンを押して彼らとサヨナラした。


自分の部屋はシーンとしている。沙緒子は、今でこそ音楽を聞くが

何もしなかったら本当に何もかけないでもへっちゃらでいられる。


良い音楽を聴いてきた人間は、良い音楽のことがよくわかる、、、


ふとそんな「一流のものを嗜めば一流の人間になれる」だとか

上司の格言のようなものが頭によぎったが、

自分のipodに入っている貧弱な数字の曲数達にも目をかけてやる気分になれなかった。



自分の部屋に限っては無音の空間である中で、

別に、聞き耳を立てたかったわけでもないが、沙緒子はリビングにいる

ネネの様子を伺った。


ドサっと荷物がソファから落ちる音がした。

ソファは2人で気に入って購入したものだ。

煙草の灰やらワインで絶対汚れると確信していたので

合成皮革の黒いL字のソファを選んだ。


2人はよくその両端に座った。今では定位置になっている。


相方である沙緒子は座っていないが、ネネはいつも通り、

L字型の足が伸ばせるほうじゃないほうにあぐらをかいて座っていた。

メンソールの煙草を吸う音が聞こえた。




いつものネネだな。




沙緒子は安心したような、けれどもなんだか壁一枚をはさんで

集中して聞き耳を立てている自分が、存在まで消えたかのような

心もとない気持ちになった。


「おかえりー」

なぜそう言わなかったんだろう。

ネネの何が見たいんだろう。


滅多に見られない種類の銀色の美しい猫の住処を発見したように、

息を呑んで、その動作の一つ一つを想像した。


いつもと一緒のネネ。

芯があり、しなやかな強さがあるネネ。



沙緒子は目を閉じた。


自分とはまったく違う、うらやましくて仕方ないネネへの気持ちを沈めるように。

この小さな自分の部屋は、違う惑星との磁界の接点、

ネネへと繋がる秘密の小道の休憩地点かのように感じた。

そうしているうちに、沙緒子はまた再びシーラカンスとのはずまない会話の海底に

もぐっていった。